東京23区の不動産市場は近年活況が続き、物件価格が過去最高水準に達していると言われます。そのような状況下で、不動産投資家にとっていつ売却すべきか(「不動産投資の売り時」)を判断することは、投資成果を最大化する上で極めて重要です。特に複数の物件を運用する超富裕層の投資家にとって、売却タイミングの巧拙が数億円規模の差異を生む可能性もあります。本記事では、東京23区の直近の市場動向を踏まえつつ、利回り低下や築年数、出口戦略(税金対策)といった代表的な指標に基づく売却判断のポイントを解説します。さらに、タイミング別の売却シナリオ(購入後5年目、築20年以上、インフレ局面)を検討し、売却益最大化のための実務的アドバイス(仲介会社の選定や譲渡所得税対策)についても述べます。客観的かつ実務家目線でありながら、読者である投資家の立場に寄り添った論調で進めます。
売却判断の主要指標:利回り低下・築年数・出口戦略
不動産の「売りどき」を見極めるには、主に 収益性の変化(利回りの低下)、物件の成熟度(築年数の経過)、そして出口戦略(税金負担など)の3つの指標に注目する必要があります。それぞれの指標が投資パフォーマンスに与える影響を理解し、総合的に判断することが大切です。
利回り低下(収益性の悪化)
投資用物件から得られる利回り(ROI)は、投資判断の根幹です。購入時よりも利回りが大きく低下した場合、物件を保有し続けるメリットが薄れている可能性があります。利回り低下の要因としては、物件価格の上昇や賃料下落・空室発生、維持費の増加などが考えられます。
近年の東京市場では、投資家の期待利回り(NOI利回り)が低下傾向にあります。2000年代初頭に7%前後あった利回りは直近では4%台まで低下し、特にここ数年は利回り低下が顕著です。利回りが下がるということは、それだけ高値で物件が売却できることを意味します。実際、近年はNOI利回り低下による収益物件価格の上昇が続き、投資用マンション市場は「売りどき」が継続している状況です。利回り低下により十分なキャピタルゲインが見込めるのであれば、売却を検討する価値が高いでしょう。
利回り低下の判断には、市場全体の動向と保有物件個別の収益推移の双方を確認します。例えば、購入時に想定していた利回りが6%だった物件が、価格上昇で現在の実勢利回りは4%まで低下したとします。この場合、売却によって得た資金を別の高収益案件に振り向けることで、ポートフォリオ全体の収益性を改善できる可能性があります。また、利回り低下は金融環境とも密接に関係します。一般に金利が低い局面では不動産利回りも低下し、物件価格は上昇します。したがって、低金利環境下で物件を売却できれば高値が期待でき、逆に今後インフレなどで金利上昇が見込まれる場合は、利回り上昇(価格下落)の前に売却しておく防御的戦略も考えられます。
築年数と資産価値の変化
物件の築年数は、建物価値や収益性に大きな影響を及ぼします。築年数が経過するほど建物は物理的・機能的に劣化し、賃料水準の低下や空室リスクの上昇、修繕コストの増加を招きます。例えば、築年数が経過すると共用部の大規模修繕や室内設備の更新など多額の修繕費が必要となり、純利益(NOI)を圧迫します。入居者退去時のリフォーム負担も重くなり、古い物件では空室対策として思い切ったリノベーションを検討しなければならないケースもあります(ユニットバス交換だけでも100〜150万円程度かかる例もあります)。こうしたコスト増は実質利回りの低下を招き、「老朽化による収益性悪化=売り時」のシグナルとなり得ます。
築年数の進行に伴う資産価値の減少も無視できません。一般に建物価値は築年とともに逓減し、一定年数を過ぎると価値が大幅に目減りします。例えば国土交通省のデータによれば、木造戸建住宅は築20年を超えると建物価値はほぼゼロになるとの試算もあります(この場合、評価額は土地値のみ)。マンションの場合も、築20年あたりが資産価値の大きな分岐点です。首都圏中古マンションの平均価格を見ると、新築時を100とした場合、築16~20年で約69(31%下落)、築21~25年では約53(47%下落)まで低下するというデータがあります。築20年前後で新築時から価格が半分近く落ちるのが一般的な傾向であり、東京23区内でも築20年マンションの推定相場は新築時の5割程度という分析があります。このため、建物の耐用年数や市場での流通性を考慮すると、築年数が浅いうち(資産価値が十分残っているうち)に売却することが有利とされます。
もっとも、立地条件や需要動向によっては築古物件でも高い価値を維持するケースがあります。東京23区のように人口流入が続き単身世帯ニーズが高いエリアでは、築年数が古くなってもワンルームマンションの価格下落が緩やかな傾向も指摘されています。実際、都心部の優良立地物件では築年が古くても空室がすぐに埋まるため、大幅な価格下落を招かず安定した賃料収入が得られることもあります。それでも一般論として、築浅の方が高値で売れやすく買い手も付きやすいのは確かです。買主側の視点では、築年が進むほどローン融資期間が短くなり(月々返済負担が増加し)、資産劣化リスクも高まるため、物件購入意欲が削がれます。そのため築年数が二桁台後半(20年前後)に差し掛かる前に一度売却を検討し、資産の入れ替えを図ることが望ましいでしょう。
出口戦略と税負担(譲渡所得税など)の考慮
不動産投資の成果を正味で最大化するには、出口戦略として売却時のコスト・税金を最小限に抑えることが重要です。特に譲渡益(キャピタルゲイン)にかかる譲渡所得税は、物件の所有期間によって税率が大きく異なるため、売却タイミングに直結する重要指標です。
日本では個人が不動産を売却した際、その所有期間が5年超か5年以内かで長期譲渡所得・短期譲渡所得に区分されます。取得から5年以内に売却した場合(短期譲渡所得)は、5年超(長期譲渡所得)よりも課税率が大幅に高く設定されています。具体的には、長期譲渡所得の税率が約20.3%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税)であるのに対し、短期譲渡所得は約39.6%(所得税30%+住民税9%+復興特別所得税)とほぼ倍近い税率が課されます。このため、売却益が見込まれる場合には少なくとも所有期間が5年を超えるまで待って長期譲渡所得の優遇税率を受けることがセオリーと言えます。例えば購入後4年目で売却すると税率約39%が適用されるのに対し、1年待って5年超となれば約20%で済み、手取り額に大きな差が生じます。
また、譲渡所得税以外にも住民税や印紙税、不動産仲介手数料、ローン一括返済時の違約金など、売却時には様々なコストが発生します。出口戦略としては、これら費用を見込んだ上で「手元にいくら残るか」を逆算し、売却の損益分岐を把握しておく必要があります。特に超富裕層の投資家にとっては、複数物件を年度ごとに分散売却して譲渡益を調整したり、他の損失(例:他物件の売却損や繰越損失)と通算して税負担を軽減する計画的な売却が有効でしょう。場合によっては物件そのものを売る代わりに、不動産持株会社の株式売却や信託受益権の売買といったスキームを活用し、直接の不動産譲渡税課税を回避・繰延べする手法も考えられます(高度なスキームのため専門家への相談が必要です)。
まとめると、利回りや築年数の面で売却優位な状態が訪れても、税負担を考慮して最適なタイミングまで待つことが肝要です。逆に、仮に短期譲渡で高税率がかかる場合でも、市況好転で価格が大きく跳ね上がった局面では売却益自体が十分大きく、税引き後でも利益が確保できるなら売却を決断する柔軟性も必要でしょう。最終的には「税金ありき」ではなく税効果を織り込んだ実質利回りで判断することが重要です。
東京23区の最新市場動向:人気エリアとその他エリアの違い
東京23区の不動産市場動向を把握することは、売却タイミング判断の重要な材料となります。直近の市況を概観すると、23区全体で見ると中古マンション価格は上昇が続いており、2024年には前年比+20%近い急騰を示すデータもあります。例えば不動産調査会社の統計によれば、2024年11月時点で東京23区における中古マンション(70㎡換算)の平均成約価格は約8,531万円と7ヶ月連続の上昇となり、前年同月比で+20%に迫る伸びを記録しました。新築マンション市場でも平均価格が2年連続で1億円超えと報じられるなど、現在の東京23区はバブル期を超える高値圏にあると言っても過言ではありません。
しかし、この上昇トレンドもエリアによって濃淡があります。東京23区内でも、都心3区(千代田・中央・港)や渋谷区・新宿区などの人気エリアと、城東・城北などの郊外エリアでは市場動向に違いが見られます。土地価格の平均を比較すると、その差は歴然です。2023年度の地価公示によれば、千代田区の平均地価(住宅地)は㎡あたり約319万円とトップであるのに対し、最下位の葛飾区では約33万円/㎡と約10倍もの開きがあります。上位には千代田区の他、港区(約213万円/㎡)、中央区(約132万円/㎡)、渋谷区(約126万円/㎡)が続き、下位には足立区(約35万円/㎡)、葛飾区(約33万円/㎡)などが位置しており、同じ23区内でも不動産価値に大きな格差があることが分かります。
この格差は市場動向にも表れており、人気エリアでは高値でも取引が成立しやすく流動性が高い一方、郊外エリアでは価格上昇の勢いが相対的に緩やかです。例えば都心部では2020年代に入ってからも海外投資家の需要や富裕層の資産シフトを背景に高額物件の取引が増え、再開発プロジェクトも相次いで地価を押し上げています。一方、郊外の住宅地ではコロナ禍後の在宅勤務定着による需要増など一部プラス要因もありつつ、人口減少や新築戸建供給の影響で中古需給はエリアによってまちまちです。
興味深い例として、豊島区があります。豊島区(池袋周辺)は23区内では地価水準こそトップ層ではないものの、近年再開発が進んだこともあり地価上昇率では2023年に+6.2%と最も高い伸びを示しました。このように、必ずしも都心3区だけが伸びているわけではなく、再開発や利便性向上など明確な需要促進要因を持つエリアでは高い成長率を記録しています。逆に言えば、そうした将来性あるエリアに物件を持っている場合は、今後さらに価格上昇余地があると見てあえて売却を見送る判断も成り立ちます。
では、超富裕層投資家の視点では、現在の東京23区市場動向をどう捉えるべきでしょうか。一般的な投資家アンケートでは、2024年は「売り時だ」と考える投資家が36%、「買い時だ」が15%と、売却有利感を持つ人の方が多い結果が出ています。価格高騰により「今が売り抜けるチャンス」と見る向きが多い一方で、買手側からすれば高値警戒感や融資姿勢の厳格化もあり、新規取得に慎重な状況がうかがえます。このような市況下では、良い条件で物件を売却できる可能性が高い反面、買手の目も厳しくなることを念頭に置く必要があります。都心の人気エリア物件は富裕層や機関投資家から引き合いが強く売却しやすい一方、郊外物件は買い手探しに時間を要する場合もあります。市場が活況な今だからこそ、各エリアの需給動向を見極め、自身の物件が「高値でスムーズに売却できるマーケット」に乗っているかを判断しましょう。
ケーススタディ:タイミング別に見る売却シナリオ
上記の指標や市場動向を踏まえ、具体的な売却タイミング別のシナリオをいくつか考えてみます。投資家それぞれの状況によって最適解は異なりますが、代表的なケースとして「購入後5年目」「築20年以上経過」「インフレ・金利上昇局面」の3つを取り上げ、そのシナリオでの売却判断をシミュレーションします。
購入後5年目での売却シナリオ
シナリオ: 物件取得から5年が経過したタイミング。購入時から不動産市況は上向きで物件価格は上昇傾向、賃料収入も安定している。長期譲渡所得の適用条件(5年超)を満たす直前/直後であり、売却益に対する税率が切り替わる節目にあたる。
分析: このケースでは、まず5年超か否かが大きな分かれ目です。仮に購入後ちょうど5年未満(例:4年半)で売却すると短期譲渡所得課税となり税負担が大きくなるため、可能であればあと数ヶ月延ばして5年超にしてから売却する方が有利です。5年経過を待つだけで税率が約39%→20%に下がるため、譲渡益の手取り額が大幅に増えます。
税務面以外では、購入5年ほどだと建物も比較的新しく、金融機関の融資評価も良好で買い手にとって魅力的です。特に購入時に新築だった物件であれば、5年程度では設備もまだ新しく、買主は築浅物件としてプレミアムを感じてくれるでしょう。実際、不動産市場では築5年以内のマンションは中古でも需要が高く、高値で売れやすい傾向があります。これは買い手にとって「ほぼ新築同様」でありながら新築プレミアムは薄れて割安感があるためです。従って、購入後数年で市場価格が取得価格を上回っている場合、5年目は一つの売却目安となります。
さらに、ローンとの兼ね合いも考慮します。元利均等返済のローンを組んでいる場合、返済開始当初は利息支払いが多く元本残高の減りは遅いですが、5年ほど経過すると元本もある程度減っています。売却代金でローン残債を完済しやすくなるタイミングでもあり、売却後にまとまった手残り資金を得やすい時期と言えます。逆に言えば、ローン残高が物件価値を上回るうちは(オーバーローン状態)、売却しても債務が残るため売り時とは言えません。購入後5年前後で市場価格とローン残高の関係を見て、残債を完済してなお利益が出るかをシミュレーションすることが重要です。
結論: 購入から5年目は、多くの投資家にとって初めて訪れる本格的な売却検討のタイミングです。5年超で税率が有利になる恩恵を享受しつつ、物件価値が購入時を上回っているなら売却を検討します。ただし、市況好調でまだ値上がり余地がありそうな場合や、他に代替の優良投資先が無い場合は、無理に売らず保有継続も選択肢です。重要なのは、「5年ルール」を一つの判断材料としつつも、市場環境と自身の投資戦略を総合的に考えて結論を出すことです。
築20年以上物件の売却シナリオ
シナリオ: 所有物件が築20年を超えたタイミング。購入後長期間が経過し、当初から賃料は下落傾向、建物の老朽化が進み大規模修繕の実施時期も迫っている。物件価格は新築時と比べ大幅に下落しており、土地値に近い水準になりつつある。
分析: 築20年を超えると、建物価値の減少と運用上の負担が一層顕在化します。前述の通り、首都圏マンションでは築20年超で新築比半額程度の価格水準が一般的で、資産規模としてはピーク時より縮小しています。しかしここまで保有してきたということは、その間に十分なインカムゲインを得てきたか、あるいは市場環境的に売る機会を逃してきたかのいずれかでしょう。いずれにせよ築古物件の売却は、以下の点を考慮します。
-
修繕リスクとコスト:築20年を過ぎると、マンションなら大規模修繕工事(一巡目)が実施されているか、戸建・アパートでも主要構造の補修が必要になる時期です。これ以降は修繕サイクルが短くなり、設備故障やトラブルも増えがちです。今後の修繕積立金や臨時出費を見込むと、キャッシュフローが悪化する恐れがあります。本格的な追加投資(リノベーション等)が必要になる前に売却する方が得策と判断できます。
-
出口での評価:築古物件は買い手側(特に金融機関)からの評価が厳しくなります。ローン融資では耐用年数残存期間が影響し、築年数+融資年数が法定耐用年数内に収まらないと長期ローンが組みにくくなります。例えばRC造マンションの耐用年数47年に対し築25年の物件だと、融資可能期間は残り22年程度が上限となり、買い手の毎月返済負担が重くなります。結果、買える人(現金買いや短期ローンでも投資できる人)が限られ、市場で敬遠されがちです。従って、需要が細る前の築浅段階で売却する方がスムーズです。築20年を大きく超えてしまうと売却自体が難しくなり、価格もさらに下げざるを得なくなる可能性があります。
-
キャッシュフローの変化(デッドクロス):減価償却費の計上が一巡し終わる頃合い(木造22年、RC47年など)になると、帳簿上の経費が減って利益計上が増える「デッドクロス」と呼ばれる現象が起きます。減価償却による節税メリットが無くなるため、同じ家賃収入でも手取りが減少します。これは税効果の面で長期保有の旨味が薄れる転換点であり、特に個人で長期保有してきた物件では注意が必要です。築20年前後は減価償却が残り少なくなってくる時期でもあり、節税効果が薄れたら売却を検討するという判断も一法です。
以上を踏まえ、築20年以上になった物件は「出口戦略の練り直し」が必要です。今後も賃料下落やコスト増が見込まれるなら、たとえ売却価格が安くとも早期に現金化し、その資金を新たな物件に振り向けた方がトータルで効率が良いかもしれません。特に都心部の土地付き物件であれば、更地や建替前提で売却することで土地値で売れる可能性があります。また、超富裕層の場合は物件ごとの採算だけでなく相続対策も視野に入れ、老朽物件を子世代に残すくらいなら売却益を資産組み換えする方が良いケースもあるでしょう。
結論: 築20年を超えた投資物件は、多くの場合売り時のサインが点灯していると考えられます。もちろん例外的に、立地が極めて良く今後も地価上昇が期待できる物件や、既に減価償却し切って税務上のメリットを享受し終えている物件を敢えて高利回りで持ち続ける戦略もあります。しかし一般的には、築古物件の将来キャッシュフローとリスクを冷静に見極め、「次の一手」に資金を移すための出口として売却を検討すべき段階と言えます。
インフレ・金利上昇局面での売却シナリオ
シナリオ: 経済がインフレ局面に入り、日本銀行が金融緩和の縮小や利上げに転じ始めた状況。インフレにより地価や建築コストも上昇しているが、同時に金利上昇圧力が強まり、不動産市場に不透明感が出ている。
分析: インフレは一般的に実物資産である不動産の価値を押し上げる傾向があり、適度なインフレ率下では不動産はインフレヘッジ資産として有効です。実際、緩やかな物価上昇と低金利が両立している間は、不動産価格は上昇しやすく(建築コスト増も価格転嫁されるため)、賃料も新規契約時にはじわじわ上昇する可能性があります。しかし問題は、インフレが一定水準を超えて金融当局が利上げに動く局面です。
日本は長らく超低金利政策を維持してきましたが、もし本格的な利上げが起これば、その影響は不動産市場に即座に波及します。一般に金利上昇は不動産価格に下落圧力をもたらします。理由は、買い手の借入コストが上がり購買力が低下すること、不動産投資の期待利回り(キャップレート)が金利上昇に伴い上昇する(=価格が割引かれる)ことにあります。具体的に言えば、これまで1%台で融資が受けられた投資家が金利3%を提示されたら、同じ物件でも収支が悪化するため購入を見送るか値引きを要求するでしょう。また、不動産投資家調査でも示されたように、金利が上昇するとNOI利回りはそれに連動して上昇する(価格は下落する)傾向があります。
従って、インフレ局面で今後の金利上昇が確実視される場合、現在の低金利を前提に形成された高値のマーケットはやがて調整局面に入る可能性が高いと言えます。首都圏のように需要が強い市場でも、利上げが続けば徐々に価格下落圧力が強まるでしょう。特に、富裕層向けの高額物件や投資用不動産は真っ先に影響を受けやすいと考えられます。理由は、高額物件ほど金利変動によるローン負担増が大きく、また投資物件は収益計算で価値が決まるため金利上昇による利回り悪化がダイレクトに価格に反映されるからです。
一方で、インフレそのものは名目家賃収入を増やす可能性もあります。日本の賃貸住宅は一般に契約期間中の家賃据置きが多いですが、入居者入替時や新築時の募集賃料は景気や物価によって上下します。もしインフレ率が高まり労働需給も逼迫すれば、都市部では賃料相場が上昇に転じ、不動産オーナーにとってインカムゲイン増加という恩恵があります。つまり、インフレ+低金利なら不動産保有メリット増、インフレ+高金利ではメリット減という図式です。現在(2020年代半ば)の日本は物価上昇率がやや高まりつつも金利は依然低く、このバランスが崩れるかどうかが焦点です。
結論: インフレ局面での売却判断は難しいですが、ポイントは金利動向を見極めることです。すでにインフレ率が高く利上げが予想される段階では、資産価値がピークのうちに売却してキャッシュ化する防衛的判断が考えられます。逆に、インフレ下でも中央銀行が金利抑制姿勢を維持し流動性相場が続く場合は、不動産価格上昇にもうひと波期待してホールドする戦略も有効です。超富裕層の投資家であれば、ポートフォリオ全体でリスクヘッジが可能でしょうから、一部物件を売却して利益確定しつつ、他の物件は保有を続けるといった分散アプローチも取り得ます。重要なのは、インフレ=不動産高騰と単純に信じ込まず、その裏にある金融政策の変化や資金調達コストの影響を織り込んで行動することです。
売却益最大化のための実務アドバイス
適切なタイミングで売却を決断したら、次は実務面でいかに売却益を最大化するかが課題です。超富裕層の投資家ともなれば、一件の売却益が数千万円〜数億円規模になることもあり、細かな条件の違いが最終手取り額に大きく響きます。以下では、信頼できる仲介会社の選定と譲渡所得税対策の2点に絞り、売却プロセスを有利に進めるためのポイントを解説します。
信頼できる不動産仲介会社の選び方
不動産を高く売るには、優秀な仲介会社・エージェントの協力が不可欠です。とりわけ高額物件や投資用物件の売買に精通した仲介会社を選ぶことで、適切な売却戦略と潜在買い手ネットワークを活用できます。仲介会社選びのポイントは以下の通りです。
-
実績と得意分野の確認: 自分が売却する物件と同種・同エリアの取引実績が豊富な会社を選びましょう。例えば、都心の一棟ビル売却であれば富裕層投資家やファンドとの取引経験がある会社、郊外のファミリー向け区分マンション売却であれば一般実需層への販売に強い会社、といった具合です。過去の成約事例や問い合わせ客層をヒアリングすると良いでしょう。
-
適正価格の提示力: 複数社に査定を依頼し、その査定根拠の妥当性を比較します。極端に高すぎる査定価格を出す業者は契約欲しさのリップサービスの可能性があり注意が必要です。一方で相場と根拠に基づいた価格提示をし、なおかつ「この価格でこういう層にアプローチする」という具体的な販売戦略を示してくれる会社は信頼できます。
-
富裕層・機関投資家ネットワーク: 超富裕層物件の場合、市場に出す前に水面下で買い手を見つける「オフマーケット取引」が成功するケースもあります。著名エリアの収益ビルや高級住宅などは、不特定多数に広告を出すより、富裕層顧客リストを持つ仲介会社に任せた方がプライバシーも守られ高値が付きやすいことがあります。そうしたネットワークを持つかも評価ポイントです。
-
コミュニケーションと透明性: 担当者のレスポンスの速さ、提案内容の的確さ、販売過程の報告頻度など、コミュニケーション面も重要です。信頼できる会社は囲い込みなど不誠実な行為をせず、売主の利益最大化を第一に動いてくれます。担当者と相性や信頼感を築けるかも検討しましょう。
なお、一社に専任媒介契約を結ぶか、複数社に一般媒介とするかも戦略次第です。高額物件では情報拡散を嫌って信頼筋に絞る専任の方が良い場合もありますし、広く声を掛けて競争的に販売活動してもらう一般媒介が奏功する場合もあります。物件の種類とマーケット状況に応じて仲介会社と相談すると良いでしょう。最終的には、売主の意向を汲みつつ最善の買手を見つけ出してくれるパートナーを選ぶことが、売却益最大化への近道です。
譲渡所得税の軽減策と資金計画
前述した譲渡所得税は、不動産売却益にかかる最大のコスト要因ですが、事前の計画と工夫次第で負担を抑える方法がいくつか存在します。
-
長期譲渡所得の活用: 繰り返しになりますが、売却時期を調整できるなら5年超保有による長期譲渡税率の適用は基本中の基本です。物件ごとに取得日を把握し、売却予定時期が5年未満にかかる場合は可能な範囲で日程を調整しましょう。ただし、年末時点の保有期間で判定される点に注意が必要です(例:2019年4月購入なら2024年1月1日時点で所有5年超となり、2024年中の売却は長期扱い)。
-
特別控除や特例の適用: 居住用財産を売却する場合、3,000万円特別控除や10年超所有軽減税率の特例などがあります。しかし純投資物件には基本的に適用できません。一方で、組み替えで買い換える場合の特例(※自宅の場合など限定条件あり)や、相続不動産を一定期間内に売却した場合の特例など、使えるケースもあるため自身が該当しないか税理士に確認しましょう。
-
費用計上と取得費加算: 譲渡所得の計算上、取得費や譲渡費用を漏れなく計上することも節税に直結します。仲介手数料や登記費用、土地なら測量費、建物なら減価償却相当額控除後の簿価、譲渡時の印紙代など、計上可能なものは全て盛り込みます。また相続で取得した物件は取得費不明の場合でも、一定の場合に被相続人が支払った相続税を取得費に加算できる特例(取得費加算の特例)があります。高額不動産では相続税も多額になるため、この特例適用で課税譲渡益を圧縮できるケースがあります。
-
売却時期の分散と損益通算: 超富裕層の方で複数物件を売却予定の場合、意図的に年度を分散して譲渡するのも有効です。譲渡所得税は分離課税で累進ではないものの、大量の物件を同一年に売却すると住民税負担や国民健康保険料など他税目に影響が出る可能性があります。また、ある物件で譲渡損が出るなら同一年に他物件の譲渡益と相殺できるので、敢えて同じ年内に売却をまとめる判断もあります(不動産の譲渡損益は原則として他の不動産譲渡とのみ通算可能)。このように税負担をトータルで最小化するよう売却年度をデザインすることが大切です。
-
法人スキームの活用: 大口投資家の場合、個人より法人で物件を保有した方が柔軟な場合もあります。法人税は譲渡益に対して約23%(中小法人軽減税率適用部分はさらに低率)と一定ですし、損益通算も事業所得内で自由度があります。法人名義物件を売却しても譲渡所得税ではなく法人税課税となり、経費や他事業損失と相殺できます。ただし、最終的に個人へ利益を移せば配当課税等があり一概に有利とは言えません。あくまで長期の税負担シミュレーションを行った上で、必要に応じた法人スキームを検討します。
以上のような対策を講じることで、同じ売却益を得ても手元に残る額を最大化することが可能です。超富裕層ともなると税務も高度になりがちですから、信頼できる税理士・会計士と連携しつつ、売却前からシミュレーションを重ねることをおすすめします。特に何億円もの含み益が出ている物件を売却する際は、事前対策の有無で数千万円以上の差が出ることもあります。節税ばかり気にしてタイミングを逃すのは本末転倒ですが、「適切な時期に、適切な対策を講じて売る」ことこそが真の出口戦略と言えるでしょう。
まとめ
不動産投資における売却タイミングの判断は、一度きりの購入判断以上に難しく、しかし投資成果を確定させ次の展開につなげる重要なプロセスです。東京23区の市場動向を踏まえ、利回り低下や築年数の進行といった客観指標に目を配りつつ、譲渡税など実質手取りへの影響も考慮して、「いつ売るのがベストか」を常にシミュレーションしておくことが賢明です。
特に現在のような市場好況期には、「強気相場のうちに売却すべきか、さらなる上昇を狙って保有すべきか」のジレンマが生じます。超富裕層の投資家であれば、保有物件の一部を売却して利益を実現しつつ、他を継続保有するといった分散策も取れるでしょう。重要なのは、他人事ではなく自分のポートフォリオ戦略として最適な行動を取ることです。客観的な市場分析と実務的な視点を持ちつつ、自身の資産状況や将来計画に寄り添った判断が求められます。
最後に、本稿で述べたポイントを総括すると以下のようになります。
-
「不動産投資の売り時」を決める代表指標: 利回り低下による収益性悪化、築年数経過による価値減少と維持費増大、5年超保有など税制上のメリット発現時期。
-
東京23区市場の現状: 価格高騰が続く売り手市場だが、エリアによる格差大。都心部では高値取引が相次ぎ郊外との差が拡大。
-
タイミング別シナリオ: 購入後5年で税率を見極め、築20年超では老朽リスクと残存価値に注意、インフレ局面では金利動向を睨んで動く。
-
売却実務の最適化: 信頼できる仲介会社の起用で適切な買い手に高値アプローチし、税負担を事前策で極力抑えることで手取りを最大化。
不動産投資は「入口(購入)で利益が決まる」とも言われますが、実際には「出口(売却)の巧拙こそが最終的な利益を確定させる」のです。東京23区というダイナミックな市場環境の中で、ぜひ本記事の知見を活かしながら、ご自身の最良の売却タイミングと戦略を見出していただければ幸いです。適切な売り時を逃さず、次なる投資や資産承継に向けて有利に踏み出しましょう。

稲澤大輔
INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。 【取得資格(合格資格含む)】 宅地建物取引士、行政書士、個人情報保護士、マンション管理士、管理業務主任者、甲種防火管理者、競売不動産取扱主任者、賃貸不動産経営管理士、マンション維持修繕技術者、貸金業務取扱主任者、不動産コンサルティングマスター