不動産を探していると、「未公開物件」「会員限定物件」といった言葉を目にすることがあるかと存じます。こうした特別な響きを持つ言葉は、お客様の「他では見られない良い物件かもしれない」という期待感を煽るものです。しかし、不動産業界のプロフェッショナルとして、まず皆様にお伝えしたいことがあります。それは、原則として、一般の買主様にとって完全に「未公開」な物件は存在しないという事実です。
では、なぜ「未公開物件」という言葉が使われるのでしょうか。それは、不動産情報が市場に流通するまでの「仕組み」と「時間差」にカラクリがあります。この仕組みを正しく理解することこそが、情報に惑わされず、ご自身にとって最良の物件と出会うための最も確実な方法です。
本記事では、不動産情報の川上から川下まで、その流通の仕組みを段階的に解き明かし、皆様が賢い物件探しを実現するための一助となる情報を提供いたします。
不動産情報が市場に出るまでの流れ
不動産情報が、売主様の手から買主様の元に届くまでには、大きく分けて4つのステップが存在します。この流れを理解することで、情報がどこで生まれ、どのように広がっていくのかを把握できます。
STEP1:売主から不動産会社への売却相談(情報の発生源)
すべての不動産情報は、物件の所有者である売主様が「この物件を売りたい」と考えるところから始まります。売主様は、まず不動産会社に売却の相談をします。この段階が、まさに不動産情報の「川上」です。この時点では、情報は売主様と相談を受けた不動産会社のみが知る、極めて限定的なものです。
STEP2:媒介契約の締結
売却の意思が固まると、売主様は不動産会社と「媒介契約」を締結します。これは、売却活動を正式に依頼するための契約であり、主に以下の3種類に分類されます。どの契約形態を選ぶかによって、その後の情報の公開範囲が大きく変わるため、非常に重要なポイントです。
| 契約種別 | 複数の不動産会社との契約 | 自己発見取引(※1) | レインズへの登録義務(※2) | 契約期間 | 売主への業務報告義務 |
|---|---|---|---|---|---|
| 専属専任媒介契約 | 不可(1社のみ) | 不可 | 義務あり(契約から5日以内) | 最長3ヶ月 | 1週間に1回以上 |
| 専任媒介契約 | 不可(1社のみ) | 可能 | 義務あり(契約から7日以内) | 最長3ヶ月 | 2週間に1回以上 |
| 一般媒介契約 | 可能 | 可能 | 義務なし | 法令上の定めなし(通常3ヶ月) | 義務なし |
※1自己発見取引:売主自身が買主を見つけて直接契約すること。
※2レインズ:後述する、不動産会社間の情報ネットワークシステム。
STEP3:レインズ(REINS)への物件情報登録
媒介契約の中でも、「専属専任媒介契約」または「専任媒介契約」が締結されると、不動産会社はレインズ(REINS:RealEstateInformationNetworkSystem)と呼ばれる不動産流通標準情報システムに物件情報を登録する義務を負います。これは国土交通大臣から指定を受けた不動産流通機構が運営する、不動産会社専用の情報ネットワークです。
レインズに登録されることで、その物件情報は契約した不動産会社だけでなく、全国の会員不動産会社が閲覧できる状態になります。つまり、この時点で情報は業界内に広く共有され、多くの不動産会社が買主様へ紹介できる準備が整うのです。これが、不動産取引の透明性と公正性を担保する重要な仕組みです。
STEP4:不動産ポータルサイトへの掲載(情報の拡散)
レインズで共有された情報をもとに、各不動産会社はSUUMOやHOME'Sといった一般消費者向けの不動産ポータルサイトに物件情報を広告として掲載します。皆様が普段、インターネットで目にする物件情報の多くは、この段階にあるものです。これが情報の「川下」にあたります。
「未公開物件」のカラクリ
では、本題である「未公開物件」とは、一体何を指すのでしょうか。その正体は、主に以下の3つのケースに分類されます。
1.情報の「時間差」を利用した営業手法
最も多いのがこのケースです。不動産会社が売主様から売却の依頼を受けてから、レインズに登録するまでの数日間、あるいはポータルサイトに掲載するまでの準備期間中にある情報を指します。
この僅かな期間を捉え、「まだどこにも出ていない情報」として顧客に紹介することで、特別感を演出し、自社で契約をまとめようとする営業戦略です。専属専任媒介契約の場合は5日以内、専任媒介契約の場合は7日以内にレインズへの登録義務がありますが、この数日間の「タイムラグ」を活用した手法です。
営業手法としては決して違法ではありませんが、買主様にとっては「未公開」という言葉が必ずしも「優良物件」を意味するわけではないことを理解しておく必要があります。
2.売主の意向による広告活動の制限
売主様の中には、「近所に知られずに売却したい」「広告に自宅が載ることに抵抗がある」といった理由で、ポータルサイトなどへの広告掲載を望まない方がいらっしゃいます。
特に、富裕層の方や著名人の方、あるいは離婚や相続といったデリケートな事情を抱えた売却の場合、プライバシーの保護を最優先に考えることは当然です。この場合、レインズには登録されていても、一般の広告には出てきません。
これも「未公開物件」と呼ばれることがありますが、レインズを介して他の不動産会社も取り扱い可能です。つまり、「一般広告には出ていないが、不動産会社を通じて紹介は可能」という状態です。
3.悪質な「囲い込み」
これは、不動産会社が意図的に情報を隠蔽する悪質なケースです。売主と買主の双方から仲介手数料を得る「両手仲介」を狙い、レインズに情報を登録しなかったり、他社からの問い合わせに対して「すでに申し込みが入っている」と嘘をついて物件紹介を断ったりする行為を「囲い込み」と呼びます。
両手仲介自体は違法ではありませんが、そのために売主様の利益を損なう行為は、宅地建物取引業法に違反する可能性のある、極めて不誠実な行為です。売主様にとっては、より高く、より早く売れる機会を逃すことになり、買主様にとっては、本来出会えたはずの物件に出会えないという不利益が生じます。
賢い物件探しのための5つのポイント
「未公開物件」の正体を理解した上で、では実際にどのように物件探しを進めれば良いのでしょうか。以下に、私達が考える「賢い物件探し」のポイントをまとめました。
ポイント1:信頼できる不動産会社を選ぶ
最も重要なのは、お客様の利益を第一に考え、誠実に対応してくれる不動産会社を選ぶことです。担当者との相性、説明の丁寧さ、質問への対応の速さなど、総合的に判断してください。
「未公開物件がある」という言葉だけで判断するのではなく、その会社の姿勢や実績を見極めることが大切です。
ポイント2:希望条件を明確に伝える
漠然とした希望ではなく、「予算」「エリア」「間取り」「築年数」「駅からの距離」など、具体的な条件を整理して伝えることで、担当者もより的確な提案ができます。
条件に優先順位をつけることも重要です。すべての条件を満たす物件は稀ですので、「絶対に譲れない条件」と「妥協できる条件」を明確にしておきましょう。
ポイント3:定期的にコミュニケーションを取る
一度相談したら終わりではなく、定期的に担当者と連絡を取り合うことで、新しい情報をいち早く得られる関係性を築きましょう。
担当者も、熱心に探している顧客には優先的に情報を提供したくなるものです。良い関係性を築くことが、結果として良い物件との出会いにつながります。
ポイント4:複数の情報源を活用する
一つの不動産会社だけでなく、自分でもポータルサイトをチェックしたり、気になるエリアを実際に歩いてみたりすることも有効です。
情報収集の幅を広げることで、市場の相場観が身につき、提案された物件が本当に適正かどうかを判断する力が養われます。
ポイント5:焦らず、冷静に判断する
「今決めないと他の人に取られてしまう」といった焦りを煽る営業トークに惑わされないことも大切です。
不動産は人生で最も大きな買い物の一つです。納得できるまで検討し、冷静に判断する時間を持つことを恐れないでください。本当に良い物件であれば、少し時間をかけて検討する価値は十分にあります。
まとめ:真の価値は「情報」ではなく「信頼できるパートナー」にあり
これまでご説明した通り、一般の買主様にとって、完全に閉ざされた「未公開物件」というものは、実質的に存在しません。情報の流通プロセスにおける「時間差」や「公開範囲の差」が、「未公開」という言葉を生み出しているに過ぎないのです。
物件探しにおいて最も重要なことは、「未公開」という言葉に惑わされることなく、不動産情報の仕組みを正しく理解することです。そして、それ以上に重要なのは、お客様の利益を第一に考え、誠実に行動してくれる信頼できる不動産会社をパートナーに選ぶことです。
優れた不動産会社は、単に物件情報を多く持っているだけではありません。お客様一人ひとりのご要望を深く理解し、市場に流通する膨大な情報の中から、専門家としての知見をもって最適な物件を提案し、取引の安全を最後まで確保する。その「質」こそが、真の価値であると私達は考えます。
私達INA&Associates株式会社は、お客様にとって最高のパートナーであり続けることをお約束いたします。不動産に関するご相談がございましたら、どのようなことでもお気軽にお問い合わせください。
よくある質問(Q&A)
Q1.本当に良い物件は、インターネットに出る前に売れてしまうのですか?
A1.必ずしもそうとは限りません。確かに、条件の良い物件はレインズ登録後、ポータルサイトに掲載される前に買い手が見つかることもあります。しかし、それは信頼できる不動産会社に相談し、希望条件を的確に伝えている買主様が、適切なタイミングで紹介を受けられた結果です。重要なのは、情報公開の速さよりも、信頼できる担当者との関係構築です。
Q2.複数の不動産会社を回った方が、良い情報に出会えますか?
A2.「一般媒介契約」の物件情報を早く入手できる可能性はありますが、必ずしも効率的とは言えません。レインズの仕組み上、「専任媒介契約」や「専属専任媒介契約」の物件であれば、どの不動産会社でも情報は共有されています。むしろ、一社の信頼できるパートナーに絞り、密にコミュニケーションを取る方が、担当者もより真剣に物件探しに取り組むため、結果として良い物件に出会える可能性が高まります。
Q3.「囲い込み」をしている不動産会社を見分ける方法はありますか?
A3.買主様が直接見分けることは困難です。しかし、例えば「この物件は当社でしか扱えません」と不自然に強調したり、他の物件と比較させずに契約を急がせたりするような場合は、注意が必要かもしれません。少しでも疑問を感じたら、別の不動産会社に同じ物件について問い合わせてみるのも一つの方法です。誠実な会社であれば、そのような行為は決して行いません。
稲澤大輔
INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。 【取得資格(合格資格含む)】 宅地建物取引士、行政書士、個人情報保護士、マンション管理士、管理業務主任者、甲種防火管理者、競売不動産取扱主任者、賃貸不動産経営管理士、マンション維持修繕技術者、貸金業務取扱主任者、不動産コンサルティングマスター