不動産売却は、多くの方にとって一生に一度の重要な取引です。しかし、その裏側では、売主様の利益を損なう可能性のある「囲い込み」という問題が長年指摘されています。
大切な資産である不動産を、なぜか広く紹介してもらえず、売却の機会を逃してしまう。このような事態は、不動産業界の構造的な課題と、一部の業者の利潤追求の姿勢から生まれます。
本記事では、INA&Associates株式会社が、不動産取引の透明性を阻害する「囲い込み」問題の核心に迫ります。レインズ(REINS)の仕組みから、業者が物件情報を意図的に公開しない心理、そしてその構造的な欠陥までを専門家の視点から解説し、売主様がご自身の資産を守るための具体的な対策を提示します。
レインズ(REINS)とは何か
レインズ(REINS)とは、RealEstateInformationNetworkSystemの略称で、国土交通大臣から指定を受けた「指定流通機構」が運営する不動産物件情報交換のためのコンピュータ・ネットワーク・システムです。宅地建物取引業法に基づき、不動産業者間の情報共有を目的として設立されました。
このシステムにより、全国の不動産業者がオンラインで物件情報を共有し、迅速かつ円滑な不動産取引を実現することが期待されています。
不動産業者が売主様から専任媒介契約または専属専任媒介契約によって売却依頼を受けた場合、法律(宅地建物取引業法第34条の2)により、一定期間内にその物件情報をレインズに登録することが義務付けられています。
これにより、他の不動産業者もその物件情報を閲覧し、自社の顧客である買主様へ紹介することが可能となります。つまり、レインズは特定の不動産業者だけが情報を独占するのではなく、業界全体で買主様を探すための、透明で公正な市場を形成するための根幹をなすシステムなのです。
囲い込みとは何か
「囲い込み」とは、売却依頼を受けた不動産業者が、意図的に物件情報を他の業者に公開せず、自社で買主を見つけようとする行為を指します。
具体的には、レインズに物件情報を登録しなかったり、登録しても「商談中」などと偽って他の業者からの問い合わせを断ったりする手口が用いられます。この行為の目的は、売主と買主の双方から仲介手数料を得る「両手仲介」を成立させることにあります。
不動産取引における仲介形態には、「片手仲介」と「両手仲介」の2種類が存在します。それぞれの違いを以下のテーブルにまとめます。
| 仲介形態 | 概要 | 仲介手数料 | メリット・デメリット |
|---|---|---|---|
| 片手仲介 | 売主側の業者と買主側の業者が別々に存在し、共同で取引を成立させる形態。 | 売主は売主側業者へ、買主は買主側業者へ、それぞれ手数料を支払う。 | メリット:幅広い購入希望者に情報が届き、早期・高値での売却が期待できる。 デメリット:業者にとっては手数料が片側からしか得られない。 |
| 両手仲介 | 1社の不動産業者が、売主と買主の双方の仲介を行う形態。 | 売主と買主の双方から手数料を受領できる。 | メリット:業者にとっては手数料収入が2倍になる。 デメリット:情報が限定され、売主にとっては売却機会の損失につながる可能性がある。 |
囲い込みは、この両手仲介を意図的に作り出すための行為であり、売主様の利益よりも自社の利益を優先する、極めて問題のある行為と言えます。
なぜ業者はレインズに載せないのか―囲い込みの心理
不動産業者がレインズへの情報掲載をためらい、囲い込みを行う最大の動機は、仲介手数料の構造にあります。
宅地建物取引業法で定められた仲介手数料の上限は、取引額に応じて決まっています。仮に5,000万円の物件を仲介した場合の手数料を例に見てみましょう。
| 仲介形態 | 売主からの手数料 | 買主からの手数料 | 業者の合計受領額 |
|---|---|---|---|
| 片手仲介 | 171.6万円(税込) | 0円 | 171.6万円(税込) |
| 両手仲介 | 171.6万円(税込) | 171.6万円(税込) | 343.2万円(税込) |
※計算式:(売買価格×3%+6万円)+消費税
このように、両手仲介を成立させることができれば、業者の利益は単純に2倍になります。
この経済的インセンティブが、一部の業者に「物件情報を他社に渡さず、自社で買主を見つけたい」という強い動機を与えてしまうのです。本来、売主様の代理人として、一日でも早く、一円でも高く売却するために活動すべき不動産業者が、自社の利益を最大化するために情報をコントロールしようとする。これが、囲い込み問題の根底にある心理です。
囲い込みがなくならない構造的な欠陥
囲い込み問題は、単に一部の悪質な業者の倫理観の欠如だけに起因するものではありません。不動産業界が抱える、より根深い構造的な欠陥が、この問題の温床となっています。
第一に、報酬体系の問題が挙げられます。前述の通り、両手仲介が業者にとって極めて有利な報酬体系であることが、囲い込みの最大の誘因です。売主の利益と業者の利益が必ずしも一致しないこの構造は、利益相反を生みやすいと言えます。
第二に、監視体制と罰則の甘さです。レインズへの登録は義務化されていますが、登録後の情報管理(例:「商談中」のステータス更新など)については、業者の申告に委ねられている部分が大きく、実態を正確に把握することが困難です。囲い込みが発覚した場合の罰則も、業務停止命令など重い処分が下されることは稀で、抑止力として十分に機能しているとは言えません。
第三に、情報の非対称性です。不動産取引に関する専門知識は業者側に偏在しており、一般の売主様が囲い込みの事実を察知することは容易ではありません。「広告を出しています」「問い合わせは来ています」といった業者の言葉を信じるしかない状況が、問題をより根深くしています。
最後に、業界の古い慣習と過当な競争環境も無視できません。依然として両手仲介を是とする風潮が一部に残っており、また、厳しい競争環境の中で利益を確保しようとするあまり、安易に囲い込みに走ってしまう業者が後を絶たないのが実情です。
囲い込みによる売主・買主への影響
囲い込みは、売主様と買主様の双方に深刻な不利益をもたらします。売主様にとっては、本来得られるはずだった最適な売却機会を奪われることに他なりません。
| 影響 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 売却期間の長期化 | 物件情報が限られた範囲にしか公開されないため、購入希望者が見つかるまでに時間がかかります。 |
| 売却価格の低下 | 広く購入希望者を募ることができないため、競争原理が働かず、結果的に相場より安い価格での売却を余儀なくされる可能性があります。 |
| 機会損失 | より良い条件で購入したいという希望者が他にいたにもかかわらず、その存在を知ることなく取引を終えてしまうという、最大の機会損失につながります。 |
例えば、ある業者が5,000万円での売却依頼を受け、両手仲介を狙って囲い込みを行ったとします。その業者は自社で見つけた顧客に4,800万円での購入を勧め、取引を成立させるかもしれません。
しかし、もしレインズを通じて情報が広く公開されていれば、別の業者から5,100万円で購入したいという顧客が現れた可能性も否定できないのです。これは、売主様にとって300万円もの逸失利益となります。
囲い込みを見抜く方法と対策
売主様がご自身の利益を守るためには、囲い込みの兆候を早期に察知し、適切な対策を講じることが不可欠です。
以下のチェックポイントを確認し、不審な点があれば、毅然とした態度で業者に説明を求めるべきです。
| チェック項目 | 確認すべきポイント |
|---|---|
| レインズ登録証明書 | 専任媒介契約または専属専任媒介契約を締結した場合、業者はレインズに物件情報を登録し、その証明書を売主に交付する義務があります。必ず受け取り、内容を確認してください。 |
| 広告活動の報告 | どのような媒体で、どの程度の頻度で広告活動を行っているか、具体的な報告を求めましょう。報告が曖昧であったり、活動実績が乏しい場合は注意が必要です。 |
| 他の業者からの反応 | 「他の業者から問い合わせはありますか?」と定期的に確認しましょう。「全くない」という返答が続く場合は、情報が適切に公開されていない可能性があります。 |
| ポータルサイトの掲載状況 | 大手の不動産ポータルサイトに自社の物件が掲載されているか確認しましょう。掲載されていなかったり、情報が不正確であったりする場合は問題です。 |
最も確実な対策は、信頼できる不動産業者を選ぶことです。
契約前の面談で、レインズの活用方針や情報公開に対する考え方を明確に質問し、売主の利益を最優先する姿勢を持っているかを見極めることが重要です。また、1社だけでなく複数の業者に相談する「相見積もり」も有効な手段です。各社の提案や対応を比較検討することで、より信頼性の高いパートナーを見つけることができます。
まとめ
不動産業界における「囲い込み」は、売主様の利益を著しく損なう悪質な行為です。その背景には、両手仲介を狙う業者の利己的な動機と、業界が抱える構造的な問題が存在します。
しかし、売主様自身が正しい知識を身につけ、主体的に行動することで、そのリスクを大幅に軽減することが可能です。
重要なのは、不動産業者を「任せきり」にするのではなく、対等なパートナーとして捉えることです。レインズ登録証明書の確認を徹底し、広告活動について定期的な報告を求め、少しでも疑問に感じることがあれば臆することなく質問する姿勢が、ご自身の資産を守る上で不可欠となります。
私たちINA&Associates株式会社は、創業以来、お客様の利益を最大化することを第一に考え、徹底した透明性の確保に努めてまいりました。私たちは、囲い込みのような旧態依然とした慣習とは一線を画し、テクノロジーと誠実さを融合させた次世代の不動産サービスを提供することをお約束します。
不動産の売却に関して少しでもご不安やご不明な点がございましたら、どうぞお気軽に弊社までご相談ください。お客様一人ひとりに寄り添い、最善の解決策をご提案いたします。
よくある質問
Q1:レインズへの登録は義務ですか?
A1:はい、宅地建物取引業法により、不動産業者が売主様と「専任媒介契約」または「専属専任媒介契約」を締結した場合、それぞれ契約締結日の翌日から7日以内、5日以内に物件情報をレインズへ登録することが義務付けられています。
Q2:囲い込みは違法ですか?
A2:専任媒介契約・専属専任媒介契約において、正当な理由なくレインズへの登録を怠ったり、登録情報を不当に操作したりする行為は宅地建物取引業法違反にあたります。悪質なケースでは、行政処分の対象となります。
Q3:両手仲介自体は問題ないのですか?
A3:両手仲介そのものが違法というわけではありません。結果として売主・買主双方の条件が合致し、1社で仲介が成立するケースは自然に起こり得ます。問題なのは、業者が自社の利益のために意図的に情報を操作し、両手仲介を「作り出す」囲い込み行為です。
Q4:囲い込みされているか確認する方法は?
A4:まずは「レインズ登録証明書」の交付を求め、ご自身の物件が登録されているか確認してください。その後、別の不動産会社に依頼して、買主のふりをして自分の物件に問い合わせてもらう「おとり調査」も一つの方法ですが、まずは媒介契約を結んだ業者とのコミュニケーションを密にすることが基本です。
Q5:囲い込みを防ぐにはどうすればよいですか?
A5:最も重要なのは、契約前に業者の姿勢を見極めることです。情報公開の透明性や売却戦略について具体的に質問し、誠実に対応してくれる業者を選びましょう。また、一般媒介契約を選択すれば、複数の業者に依頼できるため、1社による囲い込みのリスクは低減します。ただし、一般媒介契約には業者側の販売活動が手薄になる可能性もあるため、一長一短があります。信頼できる1社と専任媒介契約を結び、二人三脚で売却活動を進めるのが理想的です。
稲澤大輔
INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。 【取得資格(合格資格含む)】 宅地建物取引士、行政書士、個人情報保護士、マンション管理士、管理業務主任者、甲種防火管理者、競売不動産取扱主任者、賃貸不動産経営管理士、マンション維持修繕技術者、貸金業務取扱主任者、不動産コンサルティングマスター