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    東京都心オフィス市場の二極化と長期空室ビル増加の背景

    東京都心部のオフィス市場において、一見好調に見える景気の裏で大きな構造変化が起きています。日本経済新聞の調査によれば、1年以上にわたって20%超の空室を抱える「長期空室ビル」の空室面積が、わずか3年で12倍に急増したことが明らかになりました。この状況は、東京のオフィス市場に何を意味するのでしょうか。本記事では、東京都心のオフィス市場で進行する二極化の実態と、長期空室ビル急増の背景、そして不動産オーナーや投資家への影響について詳しく解説します。

    オフィス市場の現状:表面的な好調と内部の歪み

    急増する長期空室ビルの実態

    東京都心部の大型オフィスビルに「空室の飽和感」が出始めています。日本経済新聞の調査では、1年以上にわたり20%超の空室を抱える大型ビル(延べ床面積5,000坪超)の空室面積を調査した結果、2024年には約18.5万平方メートルに達し、2021年と比較して実に12倍に急増していることが判明しました。棟数で見ても、2021年から7倍増の16.6棟に上っています。

    この空室長期化の状況は、東京都心のオフィス市場全体が不振というわけではありません。むしろ市場全体では需要は堅調で、東京23区全体のオフィス空室率は3.7%と比較的低い水準を維持しています
    また、東京ビジネス地区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)の2025年4月時点での平均空室率は3.73%と、前月比0.13ポイント減少しており、改善傾向にあります。

    オフィス市場の二極化が鮮明に

    最新のデータが示すのは、東京オフィス市場における「二極化」の進行です。好立地・高機能の「Aクラスビル」では空室率が極めて低く、特に大手町・丸の内・有楽町などの中心エリアでは長期空室ビルはゼロの状態が続いています。

    例えば、2025年第1四半期末時点でのAクラスオフィスの空室率を見ると、以下のような状況です。

    エリア 空室率 前四半期比
    東京都心5区 2.5% -0.3%
    丸ノ内/大手町 0.7% -0.3%
    六本木/赤坂 2.8% -1.6%
    新宿/渋谷 1.0% -0.7%

    この数字が示す通り、中心エリアの優良ビルではほぼ「空室枯渇」といえる状況となっています。Aクラスビル全238棟のうち、満室稼働は158棟(66%)に達し、空室率20%超の物件はわずか7棟にとどまっています。

    一方で、長期空室ビルは特定のエリアに集中しています。「晴海・勝どき・月島」エリアが全体の約35%、「豊洲・有明・辰巳」エリアが約26%と、湾岸エリアだけで長期空室面積全体の約61%を占めているのです。

    さらに、新築ビル(築1年未満)の2025年4月時点の空室率は26.26%と非常に高い水準にあります。これは、一部の再開発エリアで供給過剰の状態が生じていることを示しています。

    長期空室増加の背景要因

    再開発による供給過剰

    長期空室ビル急増の主要因の一つは、活発な再開発による供給増です。ザイマックス総研の調査によると、東京23区内の大型ビルの賃貸面積は2025年末時点で約2,400万平方メートルに達する見込みで、2014年末と比較して約2割増加しています。

    特に湾岸エリアでは、オリンピック関連の再開発や大規模プロジェクトが相次いで完成し、大量のオフィス供給が行われました。しかし、交通アクセスや周辺施設の充実度などの面で、都心中心部に比べて魅力が低いケースも多く、テナント獲得競争で苦戦を強いられています。

    2025年以降の5年間についても、東京23区では新規供給量が459万m²に達する見通しであり、一部エリアでの供給過剰感は今後も続く可能性があります。

    企業のオフィス選別基準の変化

    コロナ禍を経て、企業のオフィス選びの基準も大きく変化しています。「人材獲得競争の激化」と「オフィス回帰の本格化」という2つの大きなトレンドが重なり、オフィス需要の質的変化が起きています。

    少子高齢化による人材不足を背景に、企業は優秀な人材を確保するため、オフィス環境を人事戦略の一環として位置づけるようになりました。また、コロナ収束後は「出社回帰」の動きも強まり、テレワーク実施率は2024年3月の51.6%から同年5月には44%に低下しています。

    こうした変化に伴い、企業は以下の条件を重視するようになりました:

    1. 交通アクセスの良さ(駅近・複数路線利用可能)
    2. 耐震性能の高さ
    3. 最新設備・テクノロジーの充実
    4. 広いフロア面積(チーム間のコミュニケーション促進)
    5. 周辺環境の充実(飲食店・商業施設など)

    これらの条件を満たす優良ビルへの「質への逃避(Flight to quality)」が進み、古い設備や不便な立地のビルは選別対象から外れる傾向が強まっています。

    エリア特性と入居状況の相関

    長期空室が増加している湾岸エリアは、以下のような共通の課題を抱えています:

    1. 公共交通機関のアクセスが限定的(一部は単一路線のみ)
    2. オフィスワーカー向けの飲食店や商業施設が不足
    3. 都心中心部と比較して知名度・ブランド力が低い
    4. 大型ビルの一斉供給による競合激化

    これらの要因が複合的に作用し、一部のエリアで長期空室が発生・固定化する状況を生み出しているのです。

    エリア別分析:都心5区と湾岸部の比較

    都心5区の堅調な推移

    東京ビジネス地区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区)の空室率は2025年4月時点で3.73%と、前年同期比で改善しています。特に、千代田区の空室率は1.05%と最も低く、プライムエリアでの空室は極めて稀少な状態が続いています。

    都心5区のオフィス賃料も上昇傾向にあり、2025年2月時点での平均賃料は20,481円/坪(月額)と、前年同月比で3.56%上昇しています。特にAクラスビルの賃料上昇は顕著で、2025年第1四半期末時点での都心5区Aクラスビルの平均賃料(共益費込)は35,520円/坪と、前年比で4.9%上昇しています

    湾岸エリアの苦戦状況

    対照的に、湾岸エリアのオフィス市場は深刻な課題に直面しています。長期空室ビルの61%が「晴海・勝どき・月島」と「豊洲・有明・辰巳」の湾岸エリアに集中しており、市場の回復が遅れています。

    湾岸エリアでは、大規模再開発によって多数の新築オフィスビルが供給される一方で、テナント需要がそれに追いついていない状況が続いています。特に、コロナ禍以降の働き方の変化により、交通アクセスの良さがより重視されるようになり、複数路線が乗り入れる都心中心部への回帰傾向が強まっています。

    以下の表は、主要エリア別の空室率と特徴を比較したものです:

    エリア 空室率 特徴・傾向
    千代田区 1.05% 最も低い空室率。プライム物件は空室枯渇状態
    中央区 2.57% 都心5区では比較的高いが改善傾向
    港区 約2.5% 六本木・赤坂エリアは2.8%、安定的に推移
    新宿・渋谷 1.0% 空室率低下が続き、人気エリアに
    湾岸エリア 10%超 長期空室ビルが集中、回復に時間を要する

    不動産オーナーと投資家への影響

    オーナーにとっての課題と対応策

    空室が長期化するビルのオーナーは、収益性の低下と維持コスト負担の増大という二重の課題に直面しています。特に、湾岸エリアや交通アクセスに劣る立地のビルでは、テナント獲得競争が激化する中、以下のような対応が求められています:

    1. 賃料設定の見直し:市場競争力を高めるための柔軟な賃料設定
    2. リノベーション投資:設備更新やアメニティ追加による価値向上
    3. 用途転換の検討:オフィス需要が見込めない場合、住居・商業・複合利用への転換
    4. テナントインセンティブの強化:内装工事費負担やフリーレント期間の延長など
    5. 差別化戦略:独自のコンセプトや特色あるサービス提供

    特に築30~40年を超えるビルでは、設備の老朽化や耐震性の問題から需要減少が進んでおり、大規模リノベーションや建て替えを視野に入れた長期戦略が不可欠となっています。

    不動産投資市場への影響

    オフィスビルの二極化は、不動産投資市場にも大きな影響を与えています。オフィス特化型REITの投資戦略にも変化が見られ、プライムエリアの優良物件に投資が集中する傾向が強まっています。

    2025年はオフィスの投資割合が増加する見通しで、優良物件の価格は上昇傾向にあります。一方で、長期空室リスクの高い物件については、投資家のリスク評価がより厳しくなり、キャップレートの上昇(価格の低下)が進む可能性があります。

    このような市場環境の中、投資家にとっては以下のポイントが重要となります:

    1. 立地特性の見極め(交通アクセス、利便性、将来性)
    2. ビルのスペックと競争力の正確な評価
    3. テナント構成と契約期間のリスク分析
    4. エリアごとの供給見通しの把握
    5. 長期的な価値向上ポテンシャルの評価

    今後の見通し:供給と需要のバランス

    短期的見通し(2025-2026年)

    2025年から2026年にかけては、東京都心部で新規の大量供給(2025年50万㎡、2026年40万㎡)が予定されています。しかし、既存ビルの空室が枯渇していることから、新規供給物件への需要シフトが進んでおり、2025年竣工予定の8棟のうち多くが高い内定率を確保しています。

    東京都心部Aクラスビルの空室率は、2027年まで改善基調で推移し、その後は上昇に転じることが予想されています。一方で、立地条件に劣るエリアでは、当面空室率高止まりの状態が続く可能性が高いでしょう。

    中長期的見通し(2027年以降)

    2027年は新規供給量が相対的に少なくなる見込みであるため、需給のひっ迫状態が継続すると予想されています。2028年から2029年にかけては史上最大級の新規供給(2年平均80万㎡)が計画されていますが、建築コスト高騰による遅延や計画見直しの可能性もあり、需給緊張の緩和は限定的となる可能性があります。

    中長期的には、以下の要因がオフィス市場に影響を与えるでしょう:

    1. 少子高齢化に伴うオフィスワーカー人口の変化
    2. リモートワークとオフィス出社のハイブリッド化の定着度
    3. 企業のオフィス戦略の進化(分散化・集約化の方向性)
    4. 国際的な企業の東京進出・撤退動向
    5. テクノロジー進化によるオフィス空間の質的変化

    まとめ

    東京都心部のオフィス市場では、1年以上の長期空室を抱えるビルが3年で12倍に急増するという大きな変化が起きています。しかし、これは市場全体の停滞を意味するものではなく、むしろ「二極化」の進行を示す現象といえます。

    立地条件に優れ、設備の整った優良ビル、特に大手町・丸の内・有楽町などの中心エリアでは空室率が極めて低く、賃料も上昇傾向にあります。一方、湾岸エリアを中心とする一部のエリアでは、再開発による供給過剰や交通アクセスの制約などから、長期空室ビルが増加しています。

    今後のオフィス市場は、立地・スペックによる「選別」がさらに進むと予想されます。不動産オーナーや投資家にとっては、市場環境の変化を的確に捉え、物件ごとの特性を踏まえた戦略的な対応が求められる時代となっています。

    企業のオフィス選びの基準も変化しており、単なるコスト削減ではなく、従業員の働きやすさや生産性向上、人材獲得競争力の強化といった観点から、オフィス環境の質が重視されるようになっています。この傾向は今後も続き、オフィス市場の二極化をさらに進める要因となるでしょう。

    よくある質問

    Q1: 東京都心部での「長期空室ビル」とは具体的にどのようなビルを指しますか?

    A1: 「長期空室ビル」とは、1年以上にわたって20%以上の空室率を抱える大型オフィスビル(延べ床面積5,000坪超)を指します。日本経済新聞の調査によると、2024年時点で約18.5万平方メートル、およそ16.6棟がこの条件に該当します。

    Q2: なぜ湾岸エリアのオフィスビルは特に空室率が高いのですか?

    A2: 湾岸エリア(晴海・勝どき・月島、豊洲・有明・辰巳など)の空室率が高い主な理由は、①再開発による大量供給、②公共交通機関のアクセスが限定的、③オフィスワーカー向けの周辺環境整備の遅れ、④コロナ後のオフィス回帰で都心中心部が選ばれる傾向、などが挙げられます。長期空室ビルの約61%がこれらの湾岸エリアに集中しています。

    Q3: オフィス市場の「二極化」とは具体的にどのような状況を指しますか?

    A3: オフィス市場の「二極化」とは、立地条件の良いプライムエリア(大手町・丸の内・有楽町など)や高機能なAクラスビルは空室率1%前後の「空室枯渇」状態である一方、立地条件が劣るエリアや古い設備のビルでは空室率が高止まりし、賃料設定にも大きな格差が生じている状況を指します。この傾向は今後も継続・拡大する見通しです。

    Q4: 長期空室を抱えるビルオーナーはどのような対策を取るべきでしょうか?

    A4: 長期空室問題に対するオーナーの対策としては、①市場競争力を高めるための賃料見直し、②設備更新やアメニティ追加によるリノベーション、③フリーレント期間延長などテナントインセンティブの強化、④オフィス以外の用途(住居・商業・複合利用)への転換検討、⑤独自のコンセプトやサービス提供による差別化、などが考えられます。物件の立地や特性に合わせた戦略的アプローチが重要です。

    Q5: 今後のオフィス市場はどのように変化すると予測されていますか?

    A5: 今後のオフィス市場は、2025-2026年は新規供給があるものの需給ひっ迫が続き、2027年は比較的安定した状態が予想されています。2028-2029年には史上最大級の新規供給が計画されていますが、建設コスト高騰による計画見直しの可能性もあります。長期的には、企業の「質への逃避」志向が強まり、立地・スペックによる二極化がさらに進行すると予測されています。また、リモートワークの定着度や少子高齢化の進行も、オフィス需要の質的変化をもたらす要因となるでしょう。

    参考情報

    1. 日本経済新聞「東京都心で1年超の空室ビル急増、3年で12倍 湾岸部の苦戦鮮明」www.nikkei.com
    2. 三鬼商事「東京の賃貸オフィスの賃料相場・空室率」www.e-miki.com
    3. ザイマックス総研「オフィス空室マンスリーレポート 東京2025年4月」soken.xymax.co.jp
    4. ジョーンズ ラング ラサール「東京オフィス賃貸市場の最新動向」www.joneslanglasalle.co.jp
    5. 森ビル「東京23区の大規模オフィスビル市場動向調査2025」www.mori.co.jp

    当社では、オフィス移転や不動産投資に関するご相談を承っております。二極化が進む東京オフィス市場において最適な選択をサポートいたしますので、お気軽にご連絡ください。オフィス環境の見直しや投資戦略の再構築をご検討の際は、ぜひ専門家の視点を取り入れることをお勧めします。

    稲澤大輔

    稲澤大輔

    INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。