賃貸管理業務において、入居審査は物件の安定経営を左右する重要なプロセスです。しかし近年、アリバイ会社 を利用して審査を不正に通過しようとする入居希望者が増加しており、賃貸管理会社や大家様にとって深刻な問題となっています。
アリバイ会社とは、実際には勤務していない会社に在籍しているかのように装い、虚偽の収入証明書や在職証明書を発行する業者のことです。これらの偽装工作により、本来であれば審査に通らない入居希望者が契約を結んでしまうケースが後を絶ちません。
本記事では、INA&Associates株式会社として長年賃貸管理業務に携わってきた経験をもとに、アリバイ会社の実態と具体的な見抜き方について詳しく解説いたします。適切な審査体制を構築し、安定した賃貸経営を実現するための実践的な知識をお伝えします。
アリバイ会社とは何か
アリバイ会社の定義と仕組み
アリバイ会社 は、正式には「在籍会社」とも呼ばれ、利用者があたかもその会社に勤務しているかのように装うためのサービスを提供する業者です。主に水商売、フリーランス、アルバイト、自営業、無職の方々が賃貸契約の入居審査を通過するために利用されています。
これらの業者は、ペーパーカンパニーを設立し、以下のようなサービスを提供しています:
- 在籍確認への電話対応
- 給与明細書の作成・発行
- 在職証明書の作成
- 源泉徴収票の偽造
- 内定通知書の作成
アリバイ会社の利用料金は一般的に数万円から十数万円程度で、賃貸契約が成立するまでの期間限定でサービスを提供するケースがほとんどです。
アリバイ会社が利用される背景
賃貸物件の入居審査では、安定した収入と信頼できる勤務先が重要な判断材料となります。しかし、以下のような職業の方々は、実際には十分な収入があっても審査で不利になることがあります:
審査で不利になりやすい職業
- 水商売(キャバクラ、ホストクラブ等)
- 風俗業
- フリーランス・個人事業主
- アルバイト・パート
- 派遣社員
- 無職・求職中
これらの職業の方々が、より条件の良い物件に入居するためにアリバイ会社を利用するケースが増加しています。特に都市部の人気エリアでは、審査基準が厳しく設定されているため、アリバイ会社の需要が高まっている状況です。
賃貸業界への影響
アリバイ会社の存在は、賃貸業界全体に以下のような深刻な影響を与えています:
大家・管理会社への影響
- 家賃滞納リスクの増大
- 近隣住民とのトラブル発生
- 物件価値の低下
- 管理コストの増加
健全な入居者への影響
- 審査の厳格化による入居困難
- 保証人要件の強化
- 初期費用の増加
社会全体への影響
- 賃貸市場の信頼性低下
- 不正行為の蔓延
- 法的トラブルの増加
このような状況を踏まえ、賃貸管理業務に携わる我々は、アリバイ会社を適切に見抜き、健全な賃貸市場の維持に努める必要があります。
アリバイ会社を見抜く具体的な方法
基本的なチェックポイント
アリバイ会社の利用を見抜くためには、入居審査の各段階で細心の注意を払い、以下の基本的なチェックポイントを確認することが重要です。
1. 転居理由の妥当性確認
入居希望者の転居理由は、その人の生活状況や経済状況を推測する重要な手がかりとなります。アリバイ会社を利用する方の多くは、以下のような曖昧な理由を述べる傾向があります:
注意すべき転居理由
- 「職場に近い場所に住みたい」(具体的な通勤時間や交通手段が不明確)
- 「環境を変えたい」(具体的な理由が説明できない)
- 「家族の都合」(詳細を避ける傾向)
これらの理由を聞いた際は、より具体的な質問を重ねることで、真実性を確認する必要があります。
2. 身分証明書の真偽確認
提出された身分証明書については、以下の点を詳細に確認します:
運転免許証のチェックポイント
- 写真と本人の顔立ちの一致
- 記載内容の整合性
- 偽造の痕跡(文字のにじみ、色の違い等)
- 有効期限の確認
健康保険証のチェックポイント
- 勤務先名と申告内容の一致
- 保険者番号の妥当性
- 発行日と勤務開始日の整合性
3. 勤務先情報の詳細調査
アリバイ会社を見抜く最も重要なポイントは、勤務先情報の徹底的な調査です。以下の手順で確認を行います:
会社の実在性確認
- 法人登記簿謄本の取得
- 会社ホームページの内容確認
- 所在地の実地調査
- 業界内での評判調査
連絡先の確認
- 代表電話番号の実在性
- 電話応対の自然さ
- 担当者の知識レベル
- 会社の業務内容に関する質問への回答
在籍確認時の具体的なチェック方法
在籍確認は、アリバイ会社を見抜く最も効果的な手段の一つです。以下のような方法で、より確実な確認を行うことができます。
複数回の電話確認
一度の在籍確認では見抜けない場合も多いため、以下のような方法で複数回の確認を行います:
時間帯を変えた確認
- 営業時間内の異なる時間帯
- 昼休み時間帯
- 営業時間外(留守番電話の内容確認)
異なる担当者による確認
- 複数の担当者が別々に電話
- 質問内容を変えて確認
- 回答の一貫性をチェック
詳細な質問による確認
単純な在籍確認だけでなく、以下のような詳細な質問を行うことで、アリバイ会社かどうかを判断できます:
質問項目 | 確認ポイント | 注意すべき回答 |
---|---|---|
会社の業務内容 | 具体的で一貫した説明ができるか | 曖昧な回答、矛盾した内容 |
従業員数 | 規模に応じた適切な回答 | 極端に少ない、または多い |
勤務形態 | 職種に応じた自然な勤務体系 | 不自然な勤務時間、休日設定 |
給与体系 | 業界相場に合った内容 | 相場から大きく外れた金額 |
入社時期 | 提出書類との整合性 | 書類と異なる時期 |
提出書類の詳細確認
アリバイ会社が作成する書類には、以下のような特徴や不自然な点が見られることがあります。
給与明細書のチェックポイント
形式面の確認
- 会社名、住所、電話番号の記載
- 印鑑の押印状況
- 用紙の品質や印刷状態
- レイアウトの統一性
内容面の確認
- 基本給と各種手当の内訳
- 社会保険料の控除額
- 所得税の計算根拠
- 支給日と振込先の整合性
不自然な点の例
- 社会保険料の控除額が収入に対して不適切
- 所得税の計算に誤りがある
- 会社印が不鮮明または統一されていない
- 連続した月の明細で形式が異なる
源泉徴収票の確認方法
源泉徴収票は、年収や税額を確認する重要な書類ですが、アリバイ会社による偽造も多く見られます:
確認すべき項目
- 支払金額と給与所得控除後の金額の整合性
- 所得税額の計算根拠
- 社会保険料等の控除額
- 会社の所在地と税務署名の一致
偽造を疑うべき特徴
- 税額計算に明らかな誤りがある
- 会社印が不鮮明または形状が不自然
- 用紙の品質が著しく劣る
- 記載内容に矛盾がある
現地調査の実施
書類や電話確認だけでは判断が困難な場合は、実際に会社の所在地を訪問する現地調査も有効な手段です。
調査のポイント
建物・事務所の確認
- 看板や表札の設置状況
- 事務所の規模と従業員数の整合性
- 営業活動の実態
- 近隣からの評判
周辺環境の調査
- 業種に適した立地かどうか
- 同業他社の存在
- 交通アクセスの利便性
- 商業活動の実態
ただし、現地調査を実施する際は、相手に調査していることを悟られないよう、十分な注意が必要です。また、プライバシーの侵害にならないよう、適切な範囲内で実施することが重要です。
見抜けなかった場合のリスクと対処法
アリバイ会社利用者を見抜けなかった場合のリスク
アリバイ会社を利用した入居者を見抜けずに契約してしまった場合、大家様や管理会社には以下のような深刻なリスクが発生します。
経済的リスク
家賃滞納の高確率発生
アリバイ会社を利用する入居者の多くは、申告した収入が虚偽であるため、家賃の支払い能力に問題があります。実際の収入が家賃に対して不足している場合、入居後早期に滞納が発生する可能性が高くなります。
滞納回収の困難性
虚偽の勤務先情報により契約した入居者は、実際の連絡先や収入源が不明確なため、滞納が発生した際の回収作業が極めて困難になります。法的手続きを取る場合も、正確な情報が把握できないため、時間と費用が大幅に増加します。
原状回復費用の問題
経済的に困窮している入居者は、退去時の原状回復費用を負担できないケースが多く、大家様が費用を負担せざるを得ない状況が発生します。
管理上のリスク
近隣トラブルの発生
アリバイ会社を利用してまで入居する方の中には、生活態度に問題がある場合があり、以下のようなトラブルが発生するリスクがあります:
- 騒音問題
- ゴミ出しルール違反
- 共用部分の不適切使用
- 無断での又貸し
物件価値の低下
継続的なトラブルや滞納問題により、物件全体の評判が悪化し、資産価値の低下や空室率の増加につながる可能性があります。
法的リスク
契約の無効化リスク
入居審査時の虚偽申告が発覚した場合、賃貸借契約の無効や解除事由となる可能性があります。しかし、実際の解除手続きには時間と費用がかかり、その間の家賃収入や管理コストの負担が発生します。
損害賠償請求の困難性
虚偽申告による損害について入居者に対して賠償請求を行う場合、相手の実際の資力や所在が不明確なため、回収が困難になるケースがほとんどです。
発覚後の対処法
アリバイ会社の利用が契約後に発覚した場合の対処法について、段階的に説明いたします。
即座に実施すべき対応
事実関係の詳細調査
- 虚偽申告の範囲と内容の特定
- 実際の収入源や勤務先の調査
- 契約書類と実態の相違点の整理
- 証拠となる資料の収集と保全
法的根拠の確認
- 契約書の虚偽申告に関する条項の確認
- 適用可能な法的措置の検討
- 弁護士等専門家への相談
段階的な対処手順
第1段階:入居者との直接交渉
まず、入居者に対して事実関係を確認し、今後の対応について協議を行います。この段階では以下の点を重視します:
- 冷静かつ事実に基づいた話し合い
- 今後の家賃支払い能力の確認
- 契約継続の可能性の検討
- 解決策の模索
第2段階:契約条件の見直し
入居者に支払い能力がある場合は、以下のような条件変更を検討します:
- 連帯保証人の追加設定
- 保証金の増額
- 家賃の減額(物件の条件に応じて)
- 定期的な収入証明の提出義務
第3段階:法的措置の検討
交渉による解決が困難な場合は、以下の法的措置を検討します:
措置の種類 | 適用条件 | 期待される効果 | 注意点 |
---|---|---|---|
契約解除通知 | 虚偽申告が重大な場合 | 早期の明け渡し | 解除事由の立証が必要 |
明け渡し請求 | 家賃滞納が発生した場合 | 強制的な退去 | 時間と費用がかかる |
損害賠償請求 | 経済的損失が発生した場合 | 損失の回復 | 回収可能性が低い |
予防策の強化
アリバイ会社による被害を防ぐためには、以下のような予防策を講じることが重要です。
審査体制の強化
多角的な審査手法の導入
- 複数の担当者による独立した審査
- 外部調査機関の活用
- AI技術を活用した書類の真偽判定
- 信用情報機関との連携強化
審査基準の明確化
- 職業別の審査基準の設定
- 収入証明書類の詳細確認項目
- 在籍確認の標準手順の策定
- 不審な点が発見された場合の対応フロー
契約条件の見直し
リスク軽減のための契約条項
- 虚偽申告に対する厳格な解除条項
- 定期的な収入証明提出義務
- 連帯保証人の資格要件強化
- 保証会社との連携強化
初期費用の適正化
- 敷金・礼金の設定見直し
- 保証金の増額検討
- 前払い家賃の期間延長
- 保証会社利用の義務化
これらの対策を総合的に実施することで、アリバイ会社による被害を最小限に抑え、安定した賃貸経営を実現することが可能になります。
まとめ
賃貸管理におけるアリバイ会社の問題は、単なる書類の偽造にとどまらず、賃貸市場全体の信頼性を損なう深刻な社会問題となっています。本記事でご紹介した見抜き方と対処法を適切に実践することで、健全な賃貸経営を維持することが可能です。
重要なポイントの再確認
アリバイ会社を見抜くための5つの基本原則
- 多角的な審査の実施 - 書類確認、在籍確認、面談を組み合わせた総合的な判断
- 詳細な質問による確認 - 表面的な確認にとどまらず、具体的で詳細な質問を重ねる
- 複数回の検証 - 一度の確認で判断せず、時間や方法を変えて複数回確認する
- 専門知識の活用 - 業界の動向や手口を常に把握し、最新の対策を講じる
- 証拠の保全 - 発覚した場合に備え、適切な証拠収集と保全を行う
次のアクションプラン
賃貸管理業務に携わる皆様には、以下のアクションを推奨いたします:
即座に実施すべき対策
- 現在の審査手順の見直しと強化
- スタッフへの教育研修の実施
- 外部専門機関との連携体制構築
- 契約書条項の見直し
中長期的な取り組み
- 業界団体との情報共有体制の確立
- 最新技術を活用した審査システムの導入
- 法的対応能力の向上
- 予防策の継続的な改善
INA&Associates株式会社では、これらの課題に対して最新のテクノロジーと豊富な経験を活用した解決策を提供しております。賃貸管理でお困りの際は、ぜひ専門家にご相談ください。
よくある質問
Q1. アリバイ会社の利用は完全に違法なのでしょうか?
A1. アリバイ会社のサービス自体は直接的に違法(犯罪の可能性が高いですが)ではありませんが、利用目的によっては以下の罪に問われる可能性があります:
- 詐欺罪 - 虚偽の情報で契約を締結した場合(10年以下の懲役)
- 私文書偽造罪 - 偽造した書類を使用した場合(3月以上5年以下の懲役)
- 詐欺未遂罪 - 契約前に発覚した場合でも処罰対象
また、契約後に発覚した場合は民事上の損害賠償責任も発生します。
Q2. 在籍確認で怪しいと感じた場合、どこまで詳しく質問して良いのでしょうか?
A2. 在籍確認では、以下の範囲内で質問することが適切です:
適切な質問内容
- 会社の基本情報(業務内容、従業員数等)
- 申込者の勤務状況(部署、役職、勤務年数等)
- 一般的な勤務条件(勤務時間、休日等)
避けるべき質問
- 個人的なプライバシーに関わる内容
- 給与の詳細金額
- 人事評価に関する情報
質問は業務上必要な範囲に留め、相手の協力を得られるよう丁寧な対応を心がけることが重要です。
Q3. アリバイ会社を利用した入居者を退去させることは可能ですか?
A3. 虚偽申告を理由とした退去は可能ですが、以下の条件を満たす必要があります:
退去が認められる条件
- 契約書に虚偽申告による解除条項が明記されている
- 虚偽申告の事実を客観的に証明できる
- 虚偽申告が契約の重要な要素に関わる
- 信頼関係が著しく損なわれている
実際の手続き
- 事実関係の詳細調査と証拠収集
- 契約解除通知書の送付
- 任意退去の交渉
- 法的手続き(調停・訴訟)の実施
ただし、実際の退去までには数ヶ月から1年程度の期間を要する場合があります。
Q4. 保証会社を利用していれば、アリバイ会社の問題は解決されるのでしょうか?
A4. 保証会社の利用は家賃滞納リスクを軽減しますが、アリバイ会社の問題を完全に解決するものではありません:
保証会社利用のメリット
- 家賃滞納時の代位弁済
- 督促業務の代行
- 法的手続きのサポート
残存するリスク
- 近隣トラブルや管理上の問題
- 原状回復費用の未払い
- 物件の評判悪化
- 保証会社の免責事項に該当する場合
そのため、保証会社の利用と併せて、適切な入居審査を実施することが重要です。
Q5. 最新のアリバイ会社の手口について情報を得るにはどうすれば良いでしょうか?
A5. 最新の手口や対策情報を得るためには、以下の方法を推奨します:
情報収集の方法
- 業界団体(全国賃貸不動産管理業協会等)の研修参加
- 専門誌や業界メディアの定期購読
- 同業者との情報交換会への参加
- 法律事務所や調査会社との連携
継続的な学習
- 定期的な社内研修の実施
- 最新事例の共有と分析
- 対策手法の定期的な見直し
- 外部専門家による指導
INA&Associates株式会社でも、最新の情報提供と対策支援を行っておりますので、お気軽にご相談ください。

稲澤大輔
INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。 【取得資格(合格資格含む)】 宅地建物取引士、行政書士、個人情報保護士、マンション管理士、管理業務主任者、甲種防火管理者、競売不動産取扱主任者、賃貸不動産経営管理士、マンション維持修繕技術者、貸金業務取扱主任者、不動産コンサルティングマスター