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    都市再生の新たな挑戦 ―西日暮里駅前地区第一種市街地再開発事業の可能性―

    大都市の駅前空間は、その都市の顔であると同時に、人々の暮らしを支える重要な結節点です。東京都荒川区の西日暮里駅前地区では、長年にわたる地域住民や関係者の努力の結晶として、第一種市街地再開発事業が本格的にスタートしました。令和7年(2025年)1月31日、東京都知事より市街地再開発組合の設立認可を受け、この地域は大きな変革期を迎えています。本稿では、この画期的なプロジェクトの概要と特徴、そして都市開発がもたらす多角的な価値について考察します。

    1. 西日暮里駅前地区再開発の概要と歴史的背景

    西日暮里駅前地区は、JR山手線・京浜東北線、東京メトロ千代田線、都営日暮里・舎人ライナーの4路線が交差する交通の要衝であり、成田空港へのアクセスも良好な立地条件を誇ります。さらに「谷根千エリア」や文京区といった文化的に豊かな地域にも近接しています。

    しかし、駅前という好立地にもかかわらず、相応の築年数を経過した建物が多く並び、広場や緑地の不足、防災面での懸念など、様々な都市課題が顕在化していました。こうした状況を打開するため、1997年度から地域での学習会が始まり、2006年度には地元有志による協議会が発足。その後、環境影響評価や都市計画など、段階的な承認プロセスを経て、2025年1月に市街地再開発組合の設立が認可されました。

    この事業は、約2.3ヘクタールの区域内に、延床面積約16万4,150㎡、総事業費約1,342億円という規模で進められます。計画では、2026年に権利変換計画の認可、2027年4月に工事着手、そして2031年3月に竣工が予定されています。

    2. プロジェクトの技術的特徴と革新性

    本再開発の最大の特徴は、住宅棟と商業棟の二つの建築物による複合開発にあります。

    住宅棟は地上46階、地下2階、高さ約170mの超高層建築物として計画され、約1,000戸の住宅を提供します。1階には保育施設や町会会館などの公益施設を配置し、2階から7階までに物販店舗、飲食・サービス施設、駐輪場、業務施設などを設け、8階から46階までが住宅エリアとなります。

    一方、商業棟は地上10階、地下3階、高さ約65mの建物として、1階から6階に商業施設、7階に文化交流施設、8階と9階にコンベンション施設(大規模ホールや展示スペース)、10階には屋上庭園とカフェを配置する計画です。

    両棟はアトリウムで連結され、RC造、S造、SRC造を組み合わせた構造となっています。また、JR西日暮里駅や日暮里・舎人ライナー駅と接続するペデストリアンデッキの整備も計画されており、都市機能の一体性と回遊性を高める工夫が随所に見られます。

    土地の高度利用(建ぺい率80%、容積率950%)を図りながらも、各施設の配置と動線には細心の注意が払われています。これにより、駅前にふさわしい賑わいを創出しつつ、効率的な都市空間の活用を実現しています。

    3. 都市機能の向上と地域への貢献

    この再開発事業の核心は、単なる建物の更新ではなく、地域全体の機能向上と魅力創出にあります。

    まず注目すべきは、文化交流拠点としての機能です。商業棟に整備される大規模ホールや展示スペースは、区内外から人々が集う文化・芸術活動の場として機能します。これにより、地域の文化的アイデンティティが強化され、新たな交流が生まれることが期待されます。

    次に、駅前広場や歩行者専用通路(デッキ)の整備による交通結節機能の強化です。これまで分断されていた各路線の駅施設間の連絡動線が確保され、通勤・通学者や観光客のスムーズな移動が可能になります。特に、交通広場の整備によりバスやタクシーの乗降がスムーズになり、公共交通機関の利便性が大幅に向上します。

    さらに、商業施設や業務施設の充実は、地域経済の活性化と雇用創出につながります。約1,000戸の住宅供給は、人口増加と消費拡大をもたらし、地域の持続的な発展を支える基盤となるでしょう。

    こうした多機能複合開発は、都市のコンパクト化と機能集約を促進し、持続可能な都市構造への転換を加速させる重要なモデルケースとなります。

    4. 環境・防災面での先進的取り組み

    現代の都市開発において、環境配慮と防災機能の強化は不可欠の要素です。本事業では、この両面で先進的な取り組みが展開されています。

    環境面では、低炭素社会に対応した環境負荷の少ない設備を導入し、脱炭素化に貢献します。屋上庭園やアトリウムなどの緑豊かな空間は、ヒートアイランド現象の緩和にも寄与するでしょう。これらの取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献する重要な要素です。

    防災面では、一時避難スペースや帰宅困難者受入れスペース、防災備蓄倉庫の設置など、災害時に地域全体の安全を確保する機能が充実しています。特筆すべきは水害対策で、浸水リスクの低い場所に電気設備を設置することで、水害発生時にも施設機能を維持できる設計となっています。

    こうした環境・防災対策は、単にリスク回避のためだけでなく、地域全体のレジリエンス(回復力)を高め、長期的な価値創造につながる戦略的な投資と言えるでしょう。

    5. 不動産市場への影響と価値創造

    本再開発事業は、西日暮里エリアのみならず、東京北部エリア全体の不動産市場に大きな影響を与えると予想されます。

    まず、約1,000戸の住宅供給は、当該エリアの住宅ストックを質・量ともに向上させます。高層住宅からの眺望や、充実した商業・文化施設へのアクセスの良さは、居住者にとって大きな魅力となるでしょう。また、防災対策が施された安全性の高い住環境は、今後ますます重視される要素です。

    駅前という立地と4路線の利用可能性、成田空港へのアクセスの良さなどは、国際的な視点でも評価される点です。こうした交通利便性の高さと、新たに整備される質の高い都市空間は、周辺エリアの地価や賃料にもポジティブな影響を与えると考えられます。

    特に注目すべきは、単なる「箱物」開発ではなく、地域全体の価値向上を目指した総合的なアプローチです。文化交流施設や広場空間は、地域のソフトパワーを高め、長期的には「西日暮里ブランド」の形成につながる可能性を秘めています。

    私たち不動産専門家は、こうした開発が単なる物理的空間の更新にとどまらず、地域の文化的・社会的・経済的価値を総合的に高めるプロセスであることを認識し、多角的な視点から評価する必要があります。

    6. 結論:都市再生の新たなモデルケースとして

    西日暮里駅前地区第一種市街地再開発事業は、単なる建物の更新を超えた、複合的な都市機能の再構築プロジェクトです。交通結節点としての機能強化、文化・商業施設の充実、質の高い住環境の提供、環境・防災対策など、現代の都市が直面する多様な課題に総合的にアプローチしています。

    本事業の成功は、首都圏の他の駅前再開発のモデルケースとなり得るものです。特に、複数の交通機関が交差する結節点での大規模再開発という点で、都市計画的にも貴重な事例となるでしょう。

    不動産業に携わる私たちは、こうしたプロジェクトを単なる物理的変化としてではなく、地域の社会・経済・文化的文脈の中で捉え、その総合的な価値を評価・発信していく責任があります。西日暮里駅前再開発は、過去から未来へと続く都市の物語の中で、重要な転換点となることでしょう。

    今後、6年にわたる事業期間を経て、2031年に竣工を迎える本プロジェクト。その過程と成果を注視しながら、新しい都市づくりの知見を蓄積し、より良い都市環境の創造に貢献していきたいと考えています。

    稲澤大輔

    稲澤大輔

    INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。