近年、賃貸住宅市場において連帯保証人の利用が再び注目を集めています。2020年4月に施行された民法改正により、連帯保証人制度に大きな変化が生じ、不動産業界全体に影響を与えています。
INA&Associatesとして、日々多くのお客様から賃貸契約に関するご相談をお受けする中で、この制度変更が実際の契約現場に与える影響を肌で感じています。特に、保証会社との併用や極度額の設定など、新たな課題と機会が生まれています。
本記事では、民法改正が連帯保証人制度に与えた具体的な影響と、それに伴う利用状況の変化について、不動産業界の専門家として詳しく解説いたします。賃貸契約を検討されている方、不動産投資をお考えの方、そして業界関係者の皆様にとって有益な情報をお届けします。
民法改正による連帯保証人制度の変化
2020年4月民法改正の核心
2020年4月1日に施行された民法改正は、連帯保証人制度に根本的な変化をもたらしました。最も重要な変更点は、個人が根保証契約の連帯保証人になる場合、極度額の設定が義務化されたことです。
極度額とは、連帯保証人が支払責任を負う金額の上限を指します。従来の制度では、連帯保証人は借主の債務について無制限に責任を負う可能性がありました。しかし、改正後は具体的な金額を書面で定めなければ、保証契約そのものが無効となります。
この変更により、連帯保証人の負担が予見可能となり、過度な責任を負うリスクが軽減されました。一方で、貸主側にとっては保証の範囲が限定されることになり、新たなリスク管理の必要性が生じています。
極度額設定の実務的影響
極度額の設定は、単に金額を決めるだけではありません。賃貸借契約においては、家賃、共益費、更新料、原状回復費用、損害賠償金など、様々な債務が発生する可能性があります。これらすべてを考慮した適切な極度額の設定が求められます。
実際の現場では、家賃の12ヶ月分から24ヶ月分程度を極度額として設定するケースが多く見られます。しかし、物件の特性や借主の属性によって、より高額な設定が必要な場合もあります。
重要なのは、極度額は「賃料の○ヶ月分」といった相対的な記載では無効となる可能性があることです。「200万円」「300万円」といった具体的な金額での記載が必要です。
保証人保護の強化
民法改正のもう一つの重要な側面は、保証人保護の強化です。事業用融資の保証人になる場合には、公証人による意思確認が必要となりました。また、保証人に対する情報提供義務も強化され、主債務者の財産状況や返済状況について、より詳細な情報提供が求められるようになりました。
これらの変更により、保証人になることのリスクがより明確になり、十分な検討の上で保証契約を締結することが可能となりました。一方で、手続きの複雑化により、保証人を見つけることが困難になるケースも増加しています。
連帯保証人利用の現状と統計データ
賃貸市場における保証制度の変遷
国土交通省の調査によると、賃貸借契約の約97%において何らかの保証を求めており、その形態は大きく変化しています。特に注目すべきは、家賃債務保証会社の利用率の急激な増加です。
平成22年時点では家賃債務保証会社のみを利用する契約は17%でしたが、平成26年には37%まで増加し、わずか4年間で2倍以上の伸びを示しました。現在では、保証会社の利用率は約8割に達しており、賃貸市場の主流となっています。
年度 | 家賃債務保証会社のみ | 連帯保証人のみ | 両方併用 | 保証なし |
---|---|---|---|---|
平成22年 | 17% | 22% | 57% | 4% |
平成26年 | 37% | 16% | 41% | 3% |
現在(推定) | 約50% | 約10% | 約37% | 約3% |
連帯保証人利用の新たな傾向
興味深いことに、保証会社の利用が増加する一方で、連帯保証人の利用も完全になくなったわけではありません。むしろ、保証会社と連帯保証人の併用という新たなパターンが増加しています。
この併用パターンの背景には、以下のような要因があります。
まず、リスク分散の観点です。保証会社が倒産するリスクや、保証範囲に含まれない債務が発生するリスクを考慮し、連帯保証人による補完的な保証を求めるケースが増えています。
次に、借主の信用力に応じた柔軟な対応です。収入が不安定な借主や、過去に滞納歴がある借主に対しては、保証会社の審査に加えて連帯保証人の設定を求めることで、より確実な保証体制を構築しています。
さらに、民法改正により極度額が設定されたことで、連帯保証人の責任範囲が明確になり、保証人になることへの心理的ハードルが下がったことも影響しています。
地域別・物件タイプ別の利用状況
連帯保証人の利用状況は、地域や物件タイプによって大きく異なります。都市部では保証会社の利用が主流となっている一方、地方では依然として連帯保証人による保証が多く見られます。
高級賃貸物件や事業用物件では、保証会社と連帯保証人の併用が一般的です。これは、賃料が高額であることや、原状回復費用が高額になる可能性があることを考慮したものです。
学生向け物件では、親族が連帯保証人となるケースが多く、保証会社との併用も一般的です。特に、地方から都市部に出てくる学生の場合、親の収入証明と併せて連帯保証人の設定が求められることが多くあります。
管理会社の対応状況
不動産管理会社の対応も多様化しています。国土交通省の調査によると、管理会社の76%が「家賃債務保証業者のみ」を利用していますが、残りの24%は連帯保証人との併用や、連帯保証人のみでの対応を行っています。
特に、長期間の管理実績がある管理会社では、借主との信頼関係を重視し、柔軟な保証制度を採用する傾向があります。一方、新規参入の管理会社では、リスク管理を重視し、保証会社の利用を必須とするケースが多く見られます。
実務における影響と新たな課題
契約実務の変化
民法改正により、賃貸契約の実務は大きく変化しました。最も顕著な変化は、契約書の記載内容の詳細化です。従来は「連帯保証人は借主の一切の債務について保証する」といった包括的な記載で済んでいましたが、現在は極度額の具体的な金額を明記する必要があります。
また、保証の対象となる債務の範囲についても、より明確な記載が求められるようになりました。家賃、共益費、更新料、原状回復費用、損害賠償金など、どの債務が保証の対象となるのかを具体的に列挙する必要があります。
契約締結時の説明義務も強化されました。連帯保証人に対して、極度額の意味や保証の範囲について十分な説明を行い、理解を得た上で契約を締結することが重要です。
極度額設定の実務的課題
極度額の設定は、貸主と借主、そして連帯保証人の利害が複雑に絡み合う問題です。貸主としては、想定されるリスクを十分にカバーできる金額を設定したいと考えます。一方、連帯保証人としては、負担を最小限に抑えたいと考えるのが自然です。
実際の設定においては、以下の要素を総合的に考慮する必要があります。
物件の賃料水準は最も基本的な要素です。一般的には、月額賃料の12ヶ月分から24ヶ月分程度が目安とされていますが、高額物件では相対的に低い倍率で設定されることもあります。
物件の特性も重要な要素です。設備が充実した物件や、特殊な用途の物件では、原状回復費用が高額になる可能性があるため、より高い極度額の設定が必要になります。
借主の属性も考慮要素の一つです。安定した収入がある借主の場合は相対的に低い極度額で済む場合もありますが、収入が不安定な借主の場合はより高い設定が求められます。
保証会社との関係性の変化
民法改正により、保証会社と連帯保証人の関係性も変化しています。従来は代替的な関係にあった両者ですが、現在は補完的な関係として位置づけられることが多くなっています。
保証会社は、家賃滞納時の迅速な対応や、法的手続きの代行など、専門的なサービスを提供します。一方、連帯保証人は、保証会社の保証範囲を超える債務や、保証会社が対応できない特殊な事情に対する保証を提供します。
この補完的な関係により、より包括的で安定した保証体制の構築が可能となっています。ただし、借主にとっては保証料と連帯保証人への依頼という二重の負担が生じることになります。
高齢化社会への対応
日本の高齢化社会の進展は、連帯保証人制度にも大きな影響を与えています。従来、親族が連帯保証人となることが一般的でしたが、保証人自身の高齢化により、支払い能力に不安を抱くケースが増加しています。
国土交通省の調査によると、高齢者に対して約6割の貸主が拒否感を持っており、その主な理由は家賃の不払いに対する不安です。このような状況下で、高齢の連帯保証人の場合、追加の保証措置が求められることが多くなっています。
また、単身高齢者の増加により、そもそも連帯保証人を見つけることが困難なケースも増えています。このような場合、保証会社の利用が必須となりますが、高齢者の場合は保証会社の審査も厳しくなる傾向があります。
デジタル化の進展と効率化
不動産業界のデジタル化の進展は、連帯保証人制度の運用にも影響を与えています。オンラインでの契約手続きが普及する中で、連帯保証人の意思確認や書面の取り交わしについても、デジタル化が進んでいます。
電子契約の普及により、連帯保証人が遠方に住んでいる場合でも、スムーズな契約手続きが可能となりました。また、保証人の収入証明書類の提出についても、オンラインでの提出が可能となり、手続きの効率化が図られています。
ただし、重要な契約である連帯保証については、対面での説明や確認を重視する管理会社も多く、完全なデジタル化には時間がかかると予想されます。
今後の展望と対策
保証制度の多様化
今後の賃貸市場では、保証制度のさらなる多様化が予想されます。従来の連帯保証人と保証会社の組み合わせに加えて、新たな保証手段の開発が進んでいます。
例えば、AI技術を活用した信用スコアリングシステムの導入により、より精密なリスク評価が可能となっています。これにより、借主の属性に応じたオーダーメイドの保証制度の提供が可能となります。
また、ブロックチェーン技術を活用した分散型の保証システムの研究も進んでおり、将来的には従来の保証制度を根本的に変える可能性があります。
住宅確保要配慮者への対応強化
高齢者、障害者、外国人、子育て世帯など、住宅確保要配慮者への対応は、今後の重要な課題です。これらの方々は、連帯保証人を見つけることが困難な場合が多く、特別な配慮が必要です。
国や地方自治体では、住宅確保要配慮者向けの保証制度の充実を図っています。公的保証制度の活用や、NPO法人による保証支援など、多様な取り組みが行われています。
不動産業界としても、社会的責任の観点から、これらの取り組みに積極的に参加し、誰もが安心して住居を確保できる環境の整備に貢献することが求められています。
テクノロジーの活用
IoT技術の普及により、賃貸物件の管理方法も大きく変化しています。スマートロックやセンサー技術の導入により、入居者の生活状況をリアルタイムで把握することが可能となり、トラブルの早期発見や予防が可能となっています。
これらの技術の活用により、保証リスクの軽減が期待されており、結果として保証料の低減や、保証条件の緩和につながる可能性があります。
また、ビッグデータの活用により、より精密なリスク評価が可能となり、個々の借主に最適化された保証制度の提供が可能となります。
法制度の継続的な見直し
民法改正から数年が経過し、その効果と課題が明らかになってきています。今後も、社会情勢の変化や実務上の課題を踏まえた法制度の見直しが継続的に行われることが予想されます。
特に、極度額の設定基準や、保証人保護のあり方については、実務の状況を踏まえたさらなる検討が必要とされています。
業界関係者としては、これらの法制度の動向を注視し、適切な対応を行うことが重要です。
まとめ
民法改正の主要な影響
2020年4月の民法改正は、連帯保証人制度に根本的な変化をもたらしました。極度額の設定義務化により、保証人の責任範囲が明確になり、過度な負担を防ぐ仕組みが整備されました。
一方で、貸主側にとっては保証の範囲が限定されることになり、新たなリスク管理の必要性が生じています。この結果、保証会社と連帯保証人の併用という新たなパターンが増加しています。
利用状況の変化
統計データからは、保証会社の利用が急激に増加している一方で、連帯保証人の利用も完全になくなったわけではないことが明らかになっています。むしろ、両者の補完的な関係により、より包括的な保証体制が構築されています。
現在では、賃貸借契約の約37%で保証会社と連帯保証人の併用が行われており、この傾向は今後も続くと予想されます。
今後の課題と対応
高齢化社会の進展や住宅確保要配慮者への対応、テクノロジーの活用など、多くの課題と機会が存在します。業界全体として、これらの課題に積極的に取り組み、誰もが安心して住居を確保できる環境の整備に努める必要があります。
実務者への提言
不動産業界の実務者の皆様には、以下の点にご注意いただきたいと思います。
まず、極度額の設定については、物件の特性や借主の属性を十分に考慮し、適切な金額を設定することが重要です。また、契約書の記載内容についても、法改正の趣旨を踏まえた詳細な記載を心がけてください。
次に、保証制度の選択については、借主の状況に応じた柔軟な対応を行うことが重要です。画一的な対応ではなく、個々のケースに応じた最適な保証制度を提案することで、借主の満足度向上と安定した賃貸経営の両立が可能となります。
最後に、法制度の動向については、継続的な情報収集と対応が必要です。業界団体の研修会への参加や、専門誌の購読など、常に最新の情報を入手し、適切な対応を行うことが重要です。
お客様へのメッセージ
INA&Associates株式会社では、お客様一人ひとりの状況に応じた最適な保証制度をご提案いたします。連帯保証人の設定でお困りの方、保証会社の利用をご検討の方、どのようなご相談でもお気軽にお声がけください。
よくある質問
Q1:極度額はどのように決めればよいですか?
A1:極度額の設定は、物件の賃料水準、特性、借主の属性を総合的に考慮して決定します。一般的には月額賃料の12ヶ月分から24ヶ月分程度が目安とされていますが、以下の要素を考慮する必要があります。
まず、家賃や共益費などの月額費用に加えて、更新料、原状回復費用、損害賠償金などの一時的な費用も考慮します。特に、設備が充実した物件や特殊な用途の物件では、原状回復費用が高額になる可能性があるため、より高い極度額の設定が必要です。
また、借主の収入の安定性や過去の賃貸履歴なども考慮要素となります。安定した収入がある借主の場合は相対的に低い極度額で済む場合もありますが、収入が不安定な場合はより高い設定が求められます。
重要なのは、「賃料の○ヶ月分」といった相対的な記載ではなく、「200万円」「300万円」といった具体的な金額での記載が必要であることです。
Q2:保証会社と連帯保証人の両方が必要な理由は何ですか?
A2:保証会社と連帯保証人の併用が増加している理由は、両者の特性を活かしたリスク分散にあります。
保証会社は、家賃滞納時の迅速な対応や法的手続きの代行など、専門的なサービスを提供します。また、24時間365日の対応体制や、全国規模でのサービス提供など、個人の連帯保証人では対応が困難な部分をカバーします。
一方、連帯保証人は、保証会社の保証範囲を超える債務や、保証会社が倒産した場合のリスクに対する保証を提供します。また、借主との人間関係に基づく心理的な抑制効果も期待されます。
特に高額物件や事業用物件では、想定されるリスクが大きいため、より確実な保証体制として両者の併用が求められることが多くなっています。
ただし、借主にとっては保証料と連帯保証人への依頼という二重の負担が生じるため、物件の特性や借主の状況に応じた柔軟な対応が重要です。
Q3:連帯保証人が見つからない場合はどうすればよいですか?
A3:連帯保証人が見つからない場合でも、賃貸契約を締結する方法はいくつかあります。
最も一般的な方法は、家賃債務保証会社の利用です。
また、一部の自治体では、住宅確保要配慮者向けの公的保証制度を提供しています。高齢者、障害者、外国人、子育て世帯などが対象となる場合があり、民間の保証会社よりも条件が緩和されている場合があります。
さらに、NPO法人による保証支援制度もあります。これらの制度は、社会的な支援の観点から提供されており、通常の保証会社では審査が困難な方でも利用できる場合があります。
重要なのは、早めに不動産会社に相談し、利用可能な制度について情報を収集することです。多くの不動産会社では、様々な保証制度に関する情報を持っており、借主の状況に応じた最適な方法を提案してくれます。
Q4:民法改正後、連帯保証人になることのリスクは軽減されましたか?
A4:民法改正により、連帯保証人のリスクは一定程度軽減されましたが、完全にリスクがなくなったわけではありません。
最も大きな変化は、極度額の設定により責任の上限が明確になったことです。従来は借主の債務について無制限に責任を負う可能性がありましたが、現在は設定された極度額を超えて責任を負うことはありません。
ただし、極度額の範囲内では依然として重い責任を負うことに変わりはありません。また、借主が破産した場合でも、連帯保証人の責任は継続します。
さらに、保証会社との併用が増加している現在でも、連帯保証人の責任が軽減されるわけではありません。保証会社が対応できない部分については、依然として連帯保証人が責任を負うことになります。
したがって、連帯保証人になる際は、極度額の金額や保証の範囲を十分に確認し、自身の支払い能力を慎重に検討することが重要です。
Q5:今後、連帯保証人制度はどのように変化していくと予想されますか?
A5:連帯保証人制度は、社会情勢の変化や技術の進歩に伴い、今後も継続的に変化していくと予想されます。
まず、高齢化社会の進展により、従来の親族による保証が困難になるケースが増加すると予想されます。これに対応するため、公的保証制度の充実や、新たな保証手段の開発が進むと考えられます。
テクノロジーの活用も重要な要素です。AI技術を活用した信用スコアリングシステムの導入により、より精密なリスク評価が可能となり、個々の借主に最適化された保証制度の提供が可能となります。
また、ブロックチェーン技術を活用した分散型の保証システムの研究も進んでおり、将来的には従来の保証制度を根本的に変える可能性があります。
法制度の面では、実務の状況を踏まえた継続的な見直しが行われると予想されます。特に、極度額の設定基準や保証人保護のあり方については、さらなる検討が必要とされています。
ただし、人間関係に基づく信頼という連帯保証人制度の本質的な価値は、今後も重要な役割を果たし続けると考えられます。技術の進歩により制度は変化しても、その根本的な価値は維持されるでしょう。
業界関係者としては、これらの変化に柔軟に対応し、常に貸主、借主の利益を最優先に考えた制度の運用を心がけることが重要です。

稲澤大輔
INA&Associates株式会社 代表取締役。大阪・東京・神奈川を拠点に、不動産売買・賃貸仲介・管理を手掛ける。不動産業界での豊富な経験をもとに、サービスを提供。 「企業の最も重要な資産は人財である」という理念のもと、人財育成を重視。持続可能な企業価値の創造に挑戦し続ける。 【取得資格(合格資格含む)】 宅地建物取引士、行政書士、個人情報保護士、マンション管理士、管理業務主任者、甲種防火管理者、競売不動産取扱主任者、賃貸不動産経営管理士、マンション維持修繕技術者、貸金業務取扱主任者、不動産コンサルティングマスター