シンガポールを拠点とする大手ホスピタリティ企業アスコット(The Ascott Limited)は、世界40ヵ国・230都市以上で約960の宿泊施設を展開しています。そのアスコットが展開する14のブランドの中でも最上位に位置づけられるラグジュアリーブランドが「The Crest Collection(クレストコレクション)」です。
アスコット「The Crest Collection」ブランド概要と東京初進出の意義
2019年にブランドラインナップに加わった比較的新しいブランドながら、現在シンガポール、フランス、マレーシア、インドネシアで7軒が運営され、さらに4軒が開業予定とグローバルに拡大しています。各施設は立地や建物の歴史・文化に根差した豊かなストーリーを持ち、インテリアデザインにもその物語性が反映された「唯一無二の滞在体験」を提供することが特徴です。例えば、パリの“La Clef Champs-Élysées Paris”では19世紀築の歴史的建造物を活用し、ジャカルタの“The Grand Mansion Menteng”では植民地時代の由緒ある邸宅を舞台にするなど、それぞれの土地ならではの物語を宿泊客に感じさせる演出がなされています。
この「クレストコレクション」が、ついに日本に初進出します。東京建物株式会社とアスコット社は、東京駅八重洲エリアの大型再開発計画において、日本初となるクレストコレクションブランドのホテルを開業すると発表しました。ホテル名称は「SEN/KA TOKYO by The Crest Collection(センカ東京 バイ クレストコレクション)」で、2029年度下半期の開業を予定しています。これは東京建物とアスコットにとって初の協業プロジェクトであり、日本国内では初のお披露目となるクレストコレクションの旗艦ホテルとなります。なおアスコットグループは、既に東京駅周辺でサービスレジデンス「アスコット丸の内東京」や「オークウッドプレミア東京」を運営しており、本件は東京駅エリアで3軒目の展開となります。世界的に評価の高いフラッグシップブランドが東京の中心部に進出する意義は大きく、国内外から注目を集めるプロジェクトと言えるでしょう。
東京駅八重洲エリアの立地特性と再開発の進捗
計画地となる八重洲一丁目北地区は、東京駅に直結する都心一等地です。東海道新幹線や成田エクスプレスなどが発着する東京駅八重洲口に至近で、国内外への抜群のアクセス利便性を誇ります。現在このエリアでは大規模な市街地再開発事業が進行中で、2024年11月に着工、12月10日に起工式が行われました。本再開発は北街区と南街区の2ブロックから構成され、段階的に整備が進められています。南街区には地上約218メートルの超高層ビル(基準階面積約860坪の大規模オフィス主体)を建設し、北街区には首都高速道路の地下化によって生まれる日本橋川沿いの開放的な水辺空間と、それに連続する低層商業施設が配置される計画です。南北両街区はペデストリアンデッキで接続され、歩行者の回遊性も高められます。さらに南街区では東京メトロ日本橋駅とJR東京駅を結ぶ地下通路が整備され、将来的には日本橋駅・大手町駅・東京駅・京橋駅を結ぶ広域地下歩行者ネットワークの一部となる予定です。これにより鉄道駅間の連携が強化され、天候に左右されない移動が可能となるなど、交通利便性が一段と向上します。
再開発エリアは、日本橋川沿岸の景観とにぎわいも大きく刷新します。首都高の地下化によって地上に生まれる連続的な親水空間には、緑地や広場が設けられ、都心で水辺の潤いを感じられる貴重な空間となる見込みです。南北街区と水辺空間が結ばれる「ゲート広場」や、多層的な歩行者ネットワークの整備を通じて、日本橋川沿いエリア全体の交流と賑わい創出が図られます。また、この地区は永代通りを挟んで大手町(丸の内)と兜町(日本橋兜町)を繋ぐ中間地点に位置し、周辺には金融関連企業が集積しています。その立地を活かし、本プロジェクトではビジネス交流や会議、アフターコンベンションなど多目的に利用可能な都市型複合MICE施設の整備も計画されています。高度金融人材の活動拠点ともなるこの施設は、国際金融都市・東京の競争力強化にも寄与するものと期待されています。
このように八重洲エリアは現在、街づくりとインフラ整備の両面から大きな変貌を遂げつつあります。東京建物にとっても八重洲は創業の地であり、同社が手掛ける複数の近隣再開発との相乗効果が期待できる極めて重要なプロジェクトと位置づけられています。再開発の進捗に伴い、この地はビジネス・観光両面での拠点性と魅力を飛躍的に高めており、東京駅丸の内側とは一味違う「八重洲ならでは」の価値創出が進んでいます。
「SEN/KA TOKYO by The Crest Collection」の施設特徴
今回開業が予定されている「SEN/KA TOKYO by The Crest Collection」は、上述の南街区高層ビルの中層部(6階〜9階部分)に入居します。延べ床面積は約7,100㎡で、客室数は全92室です。施設内には日本橋川を望む吹き抜け空間のラウンジを備え、都心にいながら水辺の開放感と非日常を味わえる設計となる見込みです。客室は短期の宿泊だけでなく1ヶ月単位や年間を通した長期滞在にも対応できる設備仕様を整えており、キッチンや洗濯乾燥機などを備えたサービスアパートメント的な要素も持つと考えられます。いわゆる「ホテル・イン・レジデンス」として位置づけられ、五つ星ホテル水準のサービスとアメニティと、自宅のようなくつろぎを両立させた空間を提供することが目指されています。
同ホテルのコンセプトは「江戸の御用呉服店」。計画地付近は江戸時代に「呉服町」と呼ばれ、将軍家御用達の呉服店が軒を連ね繁栄した歴史があることにちなみ、このテーマが設定されました。ホテル名の「SEN/KA(センカ)」にもその由来が込められており、SENには染色の「染」や繊維の「繊」、選りすぐりの「選」といった意味を重ね、KAは「家」を表現して、日本文化を象徴する着物文化の伝統を受け継ぐ“店”=呉服店を表現しています。内装デザインや調度品にはこの物語性が反映され、江戸の呉服店の情緒や美意識を感じさせる空間演出がなされる予定です。さらにソフト面でも、呉服にまつわる文化・技法を取り入れたサービスを充実させる計画であり、例えば着物や染織に関する体験プログラム、伝統工芸を意識したおもてなしなど、滞在を通じて日本文化に触れられる仕掛けが検討されています。東京建物の担当者は「土地に根付いた歴史を事業を通じて未来につないでいく取り組みを実現したい」と述べており、単なるホテル運営にとどまらず地域の文化継承にも寄与する施設となることを目指しています。
サービス面でも、最高級ブランドに相応しい充実した内容が期待できます。館内ラウンジでは宿泊者がゆったりと寛ぎながら交流できる空間を提供し、コンシェルジュによるきめ細かな対応や、長期滞在者向けのハウスキーピング・ランドリーサービスなども整備されるでしょう。レストランやバーの設置計画についての詳細は現時点で明らかにされていませんが、周辺には日本橋や銀座エリアの高級飲食店も近く、美食を楽しむ拠点としての利便性も高い立地です。いずれにせよ、「暮らすように過ごす」ことができる設備とサービスを備えた本施設は、都心における新しいラグジュアリーステイの形を提案するものとなります。
「SEN/KA TOKYO」概要(計画)
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開業時期:2029年度下半期
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所在地:東京都中央区八重洲一丁目1番地
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入居フロア:八重洲一丁目北地区再開発・南街区 高層棟6〜9階部分
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延べ床面積:約7,100㎡
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客室数:92室
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施設:ラウンジ(吹き抜け空間から日本橋川を望む)ほか
富裕層・超富裕層に向けた唯一無二のライフスタイル提案
「The Crest Collection」が提供するストーリー性豊かな滞在体験は、ラグジュアリー旅行層、とりわけ富裕層・超富裕層の顧客に強く訴求すると考えられます。画一的な高級ホテルではなく、その土地ならではの歴史や文化を感じられる唯一無二の環境は、真の体験価値を重視する富裕層旅行者のニーズに合致します。実際、ブランドコンセプトのタグラインである「A Story Behind Every Door(扉の向こうに流れるストーリー)」が示す通り、館内の随所で物語を感じられる演出がなされ、ゲストはまるでタイムスリップしたかのように日本文化の深みを体感できるでしょう。こうした非日常的で心に残る体験は、価格以上の価値を求める超富裕層にとって大きな魅力となります。
さらに、「ホテル・イン・レジデンス」という業態は富裕層のライフスタイルにマッチしています。例えばグローバルに活躍するエグゼクティブや資産家にとって、東京に暮らすように滞在できるこの施設は、第二の自宅のような役割を果たすでしょう。キッチン付きの広いスイートでプライバシーを確保しつつ、必要に応じてホテルのコンシェルジュサービスやハウスキーピングを受けられる柔軟性は、長期滞在する富裕層に理想的な環境です。1泊から長期までフレキシブルに対応できるため、ビジネス出張での短期滞在から休暇を兼ねた数ヶ月の滞在まで、様々な利用シーンに応じて快適な「暮らし」を提供します。これは近年増加傾向にある長期滞在型の旅行ニーズにも応えるもので、実際アスコット社も「旅行者の滞在期間が伸び、多様で自由な旅のスタイルが求められている」と指摘し、ストレスのない優雅な長期滞在を実現することに注力しています。
また、東京駅直結という立地も富裕層にとって大きな付加価値です。地方や海外から新幹線・空路で到着しても、煩雑な移動なくチェックインできる利便性は忙しい富裕層ビジネス客にとって魅力でしょう。周囲には高級百貨店や老舗が集まる日本橋・銀座エリアが徒歩圏にあり、ショッピングや文化体験も思いのままに楽しめます。ホテルに戻れば、日本のおもてなし精神に根ざしたホスピタリティ溢れるサービスが待っており、きめ細やかな対応でゲスト一人ひとりの好みに合わせた滞在が演出されます。例えば特別な記念日の演出や、プライベートな観光ガイドの手配、ルームサービスでの特別食の提供など、超富裕層の要求に応えるカスタマイズも可能でしょう。こうしたパーソナライズされた滞在体験こそ、富裕層にとって何物にも代えがたい価値であり、「センカ東京」はまさにそれを体現する舞台となり得るのです。
投資・資産価値の観点から見る本プロジェクト
「The Crest Collection」の東京初進出は、ホスピタリティ業界のみならず不動産マーケットにおいても重要な意味を持ちます。本プロジェクトを推進する東京建物は、自社のホテル事業戦略において国内未進出のラグジュアリーブランド誘致を積極化しており、2024年には大阪で「フォーシーズンズホテル大阪」(同ブランド日本初の超高層複合タワー内ホテル)を開業、京都ではヒルトンのフラッグシップブランドとなる「ヒルトン京都」を開業するなど、実績を積み上げています。さらに2028年にはアコーホテルズの最高級ブランド「ラッフルズ」を日本初誘致し「ラッフルズ東京」を開業予定であるなど、世界的トップブランドを次々と国内市場に導入する計画です。この流れの中で発表された「センカ東京 by クレストコレクション」は、東京建物が手掛ける高級ホテルラインナップにおける一つのハイライトと言えます。同社は「立地・案件特性に応じた最適なホテルオペレーター選定による事業価値の最大化」を掲げており、八重洲という最高のロケーションにアスコットの最上位ブランドを迎えることで、開発プロジェクト全体の付加価値と発信力を高める狙いがあると考えられます。
市場環境の観点でも、この開業計画には追い風が吹いています。日本政府は2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人という目標を掲げ、観光立国に向けたインフラ整備やプロモーションを推進しています。コロナ禍からの回復期を経てインバウンド需要は再び拡大傾向にあり、高所得層を含む海外からの旅行者数は長期的に増加が見込まれます。その中で東京はビジネス・観光双方の主要目的地として人気が高く、とりわけラグジュアリー層の集客余地が大きい市場です。各国の富裕層にとって東京は安全で清潔、文化的魅力も豊富な都市として評価が高く、滞在ニーズの高度化に応える宿泊施設への期待が高まっています。
この需要に応えるように、近年東京および日本各地ではラグジュアリーホテルの新規開業が相次いでいます。八重洲エリア周辺でも、2023年にはミッドタウン八重洲内に「ブルガリホテル東京」が開業し話題となりました。今後も2024年にかけて都内では「エディション銀座」や「ジャヌ東京」などハイエンドホテルの開業が予定されており、競合環境は活発化しています。しかし「センカ東京」のように長期滞在型のサービスレジデンス機能を持ち、日本文化の物語性を打ち出したホテルは極めてユニークな存在であり、この差別化要素は市場で大きな強みとなるでしょう。
資産価値の面では、東京駅直結の大規模複合開発に組み込まれた高級ホテルという希少性自体が注目されます。オフィス・商業・宿泊が一体となった複合再開発プロジェクトはテナントミックスによる相乗効果で全体の価値を底上げし、ホテル部分も安定した稼働と収益が期待できます。特に本プロジェクトでは、前述のように国際金融人材の交流拠点やMICE施設も併設される計画であり、ビジネス需要と観光需要の双方を取り込めるポテンシャルがあります。ホテル利用客とオフィスワーカー、イベント参加者など人の流れが相互に行き交うことで施設全体の稼働率向上が図られ、結果として収益性・資産価値の向上につながるでしょう。東京建物も「東京駅至近かつ日本橋川沿岸エリアへのゲートに相応しい大規模複合施設」を掲げて本事業に取り組んでおり、「センカ東京」の誘致はまさにその核となる施策です。
さらに、世界的ブランドの初誘致というニュース自体がエリアのブランド価値を高め、不動産投資家や富裕層個人投資家の関心を引き寄せる効果も期待できます。将来的にホテル部分の運用権益や不動産自体をリート(REIT)やファンドに組み入れる際にも、“アスコットの最上位ブランドが入居する資産”という付加価値は評価上有利に働く可能性があります。海外投資家にとっても、日本初上陸のラグジュアリーホテルは投資魅力度の高い案件と映るでしょう。
総じて、「SEN/KA TOKYO by The Crest Collection」は、単なる新規ホテル開業の枠を超え、東京の都市開発・観光戦略・ホテル市場のトレンドが交差するプロジェクトだと言えます。富裕層に洗練された日本滞在の新たな選択肢を提示しつつ、地域の歴史文化を未来へ繋ぐ役割も果たし、さらには開発事業全体の価値向上と東京の国際競争力強化に寄与することが期待されています。2029年の開業に向け今後具体的な施設計画やサービス内容が明らかになるにつれ、その全貌とインパクトにますます注目が集まることでしょう。