不動産経営において、賃料滞納は避けて通れない問題の一つです。入居者の経済状況の悪化や様々な事情により、家賃の支払いが滞る場合があります。しかし、オーナーにとって賃料は重要な収入源であり、滞納が続けば資金繰りに深刻な影響を及ぼします。賃料滞納から強制執行に至るまでの法的手続きを理解し、適切なタイミングで対応することが、不動産経営の安定化には不可欠です。本稿では、賃料滞納発生時から明渡しの強制執行に至るまでの一連の流れを、法的側面を踏まえて解説します。
賃料滞納が発生した場合、まず管理会社を通じて入居者に督促を行うことが基本的な対応策です。この段階では、オーナー自身が直接連絡するのではなく、管理会社に依頼することが望ましいでしょう。
管理会社は通常、次のような手段で督促を行います:
この際、単に支払いを求めるだけでなく、滞納の理由や今後の支払い見込みについても確認することが重要です。
入居者本人からの反応がない、または支払いの目途が立たない場合は、連帯保証人に連絡します。連帯保証人は、賃借人と同等の支払い義務を負っているため、家賃滞納の事実を通知し、支払いを求めることができます。
特に注意すべき点として、連帯保証人への連絡は、民法改正によって、極度額の設定が必要になったことが挙げられます。極度額とは、連帯保証人が責任を負う上限額のことで、契約書に明記しておく必要があります。
最近の賃貸契約では、家賃保証会社を利用するケースが増えています。家賃保証会社が付いている場合は、滞納が発生した時点で管理会社から保証会社に連絡します。保証会社は契約に基づいて、オーナーに対して滞納分の家賃を支払い、その後は保証会社が入居者に対して督促を行います。
保証会社を利用しているケースでは、オーナーへの影響は比較的小さいですが、保証会社の保証範囲や期間には制限があることに注意が必要です。
賃料滞納が1ヶ月以上続く場合は、内容証明郵便による督促を検討します。内容証明郵便とは、郵便局が「誰がどんな内容の文書を、誰にいつ送ったか」を証明する郵便サービスです。
内容証明郵便を送付する際のポイント:
この内容証明郵便は、後の裁判において非常に重要な証拠となります。具体的に「いつ」「どのような通知」を行ったかを証明できるため、必ず保管しておきましょう。
家賃滞納が2〜3ヶ月を超えると、「催告兼契約解除通知書」を内容証明郵便で送付します。これは、一定期間内(通常は1週間程度)に支払いがない場合は賃貸借契約を解除する旨を通知するものです。
通知に記載すべき事項:
この通知は、民法第541条に基づく履行の催告と解除の意思表示を兼ねており、法的手続きの第一歩となります。
催告期間内に支払いがなかった場合、賃貸借契約は解除されます。賃貸借契約の解除は、単に滞納があるだけでは認められず、「信頼関係の破壊」という法的要件を満たす必要があります。
裁判例では、概ね3ヶ月以上の家賃滞納があれば信頼関係の破壊が認められる傾向にありますが、滞納の経緯や入居者の態度によっても判断が異なる場合があります。
契約解除が有効であるためには、以下の要素が重要です:
契約解除後は、入居者に対して建物の明け渡しを求める段階に移行します。
催告と契約解除を経ても入居者が自主的に退去しない場合は、裁判所に「建物明渡請求訴訟」を提起します。この訴訟は、建物の明け渡しと滞納家賃の支払いを求めるものです。
訴状には以下の事項を記載します:
訴訟を提起する際には、収入印紙代(訴額に応じて変動)と郵便切手代(約6,000円程度)が必要です。訴額が比較的低い場合は、少額訴訟という簡易な手続きを利用することも可能ですが、建物明渡しについては通常の訴訟手続きを経ることが一般的です。
訴状が提出されると、裁判所から被告(入居者)に対して訴状副本が送達され、第1回口頭弁論期日が指定されます。裁判の進行は概ね次のようになります:
被告が訴状の受け取りを拒否したり、応答しなかったりする場合は、公示送達や略式判決といった手続きが取られることもあります。
家賃滞納事案では、明らかな事実関係がある場合が多いため、第1回口頭弁論から1〜2ヶ月程度で判決が得られることが一般的です。
裁判の過程で、裁判所から和解を勧められることもあります。特に被告が出席し、家賃の分割払いを申し出るような場合には、和解による解決が模索されることがあります。
和解の内容としては、主に次のようなものがあります:
和解には、強制力を持つ「裁判上の和解」と、単なる約束である「裁判外の和解」があります。強制執行を前提とするなら、裁判上の和解が望ましいでしょう。
判決が確定しても、入居者が自主的に退去しない場合は、強制執行の手続きを取ることになります。強制執行を申し立てるには、次の書類が必要です:
執行文の付与は、判決を下した裁判所の事務官に申請します。送達証明書も同様に裁判所で発行してもらいます。
強制執行の申立てが受理されると、裁判所から執行官が任命され、現地調査を行います。執行官は、入居者に対して「催告」を行い、自主的に退去するよう促します。
催告の際には、執行官が対象物件を訪問し、入居者と面談します。この段階でも、入居者が自主的に退去することで、強制執行を回避することができます。しかし、催告に応じない場合は、強制執行の日時が設定されます。
申立てから催告までには概ね2週間程度、催告から断行日(実際の退去日)までには概ね1ヶ月程度かかるのが一般的です。
催告後も退去しない場合、いよいよ強制執行(明渡しの断行)が実施されます。強制執行は、執行官の立会いのもと、引越し業者や鍵交換業者などが協力して行います。
強制執行の流れ:
強制執行の費用は原則として債務者(入居者)の負担ですが、実際には賃貸人が一時的に負担することになり、後日請求する形となります。
強制執行には、次のような費用がかかります:
これらの費用は物件の規模や荷物の量によって大きく変動するため、事前に見積もりを取っておくことをお勧めします。
賃料滞納に対しては、早期の対応が非常に重要です。滞納が始まった時点で速やかに管理会社を通じて連絡を取り、状況を把握することが必要です。滞納が長期化するほど回収が困難になるため、3ヶ月以内に法的手続きを検討することをお勧めします。
特に、滞納家賃には時効(5年)があることに注意が必要です。長期間放置すると、時効によって請求権が消滅する可能性があります。
賃料滞納に対応する際は、法令を遵守することが不可欠です。以下のような行為は権利の濫用とみなされ、法的責任を問われる可能性があるため、絶対に避けるべきです:
これらの行為は、入居者のプライバシーや居住権を侵害するものであり、不法行為として損害賠償請求の対象となる可能性があります。
賃料滞納から強制執行までの法的手続きは複雑であり、専門的な知識が必要です。特に、以下のような場合は、弁護士やその他の専門家に相談することをお勧めします:
専門家に依頼する場合の費用目安:
これらの費用は一見高額に感じるかもしれませんが、適切な法的対応によって滞納家賃の回収や物件の早期明け渡しが実現すれば、長期的にはメリットがあると考えられます。
法的手続きを進める際には、証拠の保全が非常に重要です。以下の書類や記録は必ず保管しておきましょう:
これらの証拠は、裁判において自分の主張を裏付ける重要な資料となります。
最近の判例では、賃料滞納と明け渡し請求に関する重要な判断がいくつか示されています。
例えば、最高裁判所は、家賃を2ヶ月滞納するなどして連絡も取れない場合に、物件を明け渡したとみなす家賃保証会社の契約条項について違法と判断しています。この判決は、明け渡しには適正な法的手続きが必要であるという原則を改めて確認するものです。
2021年3月には、家賃滞納者が警視庁に書類送検されるという事件が発生し、民事執行法改正後初の出来事として注目されました。民事執行法の改正により、債務者の財産開示手続きが強化され、滞納家賃の回収がより効果的になることが期待されています。
2020年4月の民法改正により、個人根保証契約には極度額の設定が義務付けられました。これにより、連帯保証人の責任に上限が設けられることになりました。たとえば、極度額を120万円と設定した場合、滞納家賃が150万円に達しても、連帯保証人に請求できるのは最大120万円までとなります。
これは、賃貸借契約における保証人の負担を明確にし、過大な責任を負わせないための改正です。不動産オーナーとしては、適切な極度額の設定と、保証会社の活用を検討することが重要になります。
賃料滞納から強制執行までの流れは、法的に定められた手続きに基づいて進められます。この過程は、次の段階を経ることになります:
各段階で適切な対応を取ることで、滞納家賃の回収や物件の早期明け渡しが実現します。一方で、法令を遵守し、入居者の権利も尊重した対応が求められることを忘れてはなりません。
賃料滞納問題は、不動産オーナーにとって大きな課題ですが、適切な知識と早期の対応によって、損失を最小限に抑えることが可能です。特に複雑なケースでは、専門家の支援を受けることで、より効果的な解決が図れるでしょう。
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