「不動産を購入して節税する」という言葉を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。確かに、不動産投資が税負担の軽減につながる側面は存在します。しかし、私たちは、短期的な節税効果のみを追求する不動産保有に警鐘を鳴らしたいと考えています。
本記事では、不動産を単なる「節税策」としてではなく、家族の未来を守り、世代を超えて資産を承継していくための「家族戦略」として捉え直す、新しい視点をご提案します。目先の利益に囚われることなく、長期的な視野で資産価値を最大化するための具体的な手法について、専門的な知見を交えながら分かりやすく解説します。
不動産が節税と結びつけられる主な理由は、その特有の税務上の仕組みにあります。特に重要なのが「減価償却」と「損益通算」です。
不動産のうち、建物部分は時間とともに価値が減少していくという考え方に基づき、その価値の減少分を「減価償却費」として毎年経費計上することが認められています。この減価償却費は、実際には現金の支出を伴わない「会計上の経費」である点が大きな特徴です。
不動産経営によって得られる所得(家賃収入など)から、この減価償却費を含む経費を差し引いた結果、帳簿上が赤字になることがあります。この赤字分を、給与所得など他の黒字の所得と相殺(損益通算)することで、課税対象となる所得総額を圧縮できます。結果として、所得税や住民税の負担が軽減される、これが「不動産による節税」の基本的な仕組みです。
項目 | 金額(円) | 備考 |
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家賃収入 | 5,000,000 | 年間 |
必要経費 | ▲ 1,500,000 | 管理費、修繕費、固定資産税など |
減価償却費 | ▲ 4,000,000 | 実際の支出は伴わない |
不動産所得 | ▲ 500,000 | 帳簿上の赤字 |
上記の例では、50万円の赤字を給与所得などから差し引くことができます。
しかし、この節税スキームには注意すべき点が多く存在します。安易な節税目的の不動産購入は、将来的に大きな損失を生む「負動産」になりかねません。
減価償却費を計上できる期間は、建物の構造によって定められた法定耐用年数に基づき計算され、有限です。特に、中古の木造物件など、短い期間で多額の減価償却費を計上できる物件は、節税効果が高いように見えますが、その効果は長続きしません。減価償却期間が終了すると、帳簿上の経費が大幅に減少し、急に不動産所得が黒字化して税負担が増加するケースが多々あります。
さらに、出口戦略、つまり売却を誤ると、思わぬ高額な税金が発生します。不動産の売却によって得た利益(譲渡所得)には、譲渡所得税が課されますが、この税率は不動産の所有期間によって大きく異なります。
所有期間 | 区分 | 税率(所得税・住民税・復興特別所得税の合計) |
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5年以下 | 短期譲渡所得 | 39.63% |
5年超 | 長期譲渡所得 | 20.315% |
私たちは、不動産を個人の短期的な節税策として捉えるのではなく、家族全体の資産を長期的に形成し、次世代へ円滑に承継していくための戦略的なツールとして活用すべきだと考えています。
この視点に立つことで、不動産は単なる投資対象から、家族の生活基盤を安定させ、インフレから資産価値を守り、そして大切な家族へ資産と思いを繋ぐための「家族資産」へと昇華します。
では、具体的にどのような手法があるのでしょうか。ここでは代表的な3つの活用術をご紹介します。
将来の相続税負担を軽減するために、元気なうちから計画的に不動産を次世代へ贈与していく方法です。贈与税には様々な特例制度があり、これらを活用することで税負担を抑えながら資産を移転できます。
制度名 | 概要 | メリット | デメリット |
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暦年贈与 | 年間110万円までの贈与は非課税 | 少額から始められ、長期間続けることで大きな節税効果が期待できる | 贈与者が亡くなる前の一定期間内の贈与は相続財産に加算される場合がある |
相続時精算課税制度 | 2,500万円まで贈与税が非課税になるが、相続時にその贈与財産を相続財産に加えて相続税を計算する | まとまった額の財産を一度に移転しやすい。収益不動産を贈与すれば、その後の家賃収入は受贈者のものになる | 一度選択すると暦年贈与に戻れない。不動産取得税や登録免許税などのコストがかかる |
家族信託は、所有者(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・運用・処分を託す契約です。特に、認知症などによる資産凍結リスクへの備えとして非常に有効です。
例えば、不動産オーナーが認知症になると、銀行口座が凍結されたり、不動産の売却や大規模修繕といった法律行為ができなくなったりします。しかし、事前に家族信託契約を結んでおけば、託された家族が本人の意思に沿って、引き続き柔軟な財産管理を行うことができます。さらに、信託契約の中で、自身の死後、財産を誰にどのように承継させるかを指定することも可能で、遺言のような機能も持たせられます。
複数の収益不動産を所有している場合や、所得が一定額を超える場合には、資産管理会社を設立して不動産を法人所有にする「法人化」が有力な選択肢となります。
比較項目 | 個人所有 | 法人所有(資産管理会社) |
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税率 | 累進課税(所得に応じて税率が上昇、最大55%) | 法人税(所得が一定額を超えるとほぼ一定、約30%台) |
所得分散 | 不可 | 家族を役員にして役員報酬を支払うことで所得を分散し、世帯全体での手取り額を増やせる可能性がある |
経費計上の範囲 | 限定的 | 生命保険料、退職金、役員社宅の家賃など、経費として認められる範囲が広がる |
相続 | 不動産そのものを相続(評価額が高くなりやすい) | 会社の「株式」を相続(株価対策を行うことで評価額を抑制できる可能性がある) |
個人事業主として不動産所得を得るよりも、法人化することで税率の差を活かしたり、経費の範囲を広げたりと、様々なメリットが期待できます。また、相続発生時も、不動産そのものではなく会社の株式を承継することになるため、遺産分割が容易になり、争いを防ぎやすいという利点もあります。
不動産保有は、目先の「節税」という短期的な視点だけで判断すべきではありません。それは、ご自身の、そしてご家族の未来までを見据えた、長期的な「家族戦略」として捉えるべきものです。
減価償却による節税効果は一時的なものに過ぎず、出口戦略を誤ればかえって大きな税負担を招くリスクがあります。一方で、生前贈与、家族信託、法人化といった手法を組み合わせ、ご自身の家族構成や資産状況に合わせた最適なポートフォリオを構築することで、不動産は世代を超えて価値を生み出し続ける、かけがえのない「家族資産」となり得ます。
不動産というパワフルなツールを、どのように活用するのがご自身の家族にとって最適なのか。一度、長期的な視点で考えてみてはいかがでしょうか。私たちINA&Associates株式会社は、お客様一人ひとりの状況に寄り添い、最適な資産戦略の立案をサポートいたします。どうぞお気軽にご相談ください。
A1: まずは、ご自身の資産状況や将来のライフプランを明確にすることから始めましょう。その上で、不動産投資の目的(収益目的か、資産承継目的かなど)を定め、信頼できる専門家に相談することをお勧めします。最初から高額な物件に手を出すのではなく、少額から始められる投資や、専門家が厳選した物件を検討するのが賢明です。
A2: いいえ、決してそのようなことはありません。不動産所得の赤字を他の所得と損益通算できる仕組みは、依然として有効な戦略の一つです。重要なのは、節税効果が永続するものではないことを理解し、減価償却期間が終了した後の税負担増加や、売却時の譲渡所得税まで含めたトータルなキャッシュフローをシミュレーションすることです。
A3: 一概に「いくらから」という明確な基準はありません。例えば、ご自宅以外に収益不動産を1つでもお持ちで、将来の認知症による資産凍結に不安がある場合は、家族信託を検討する価値は十分にあります。法人化については、一般的に個人の課税所得が800万~1,000万円を超えてくると、法人税率の方が有利になるケースが多いため、一つの目安とされています。
A4: それぞれにメリット・デメリットがあります。都心の物件は資産価値が安定しており、賃貸需要も旺盛ですが、価格が高く利回りは低めになる傾向があります。一方、地方の物件は価格が手頃で高い利回りが期待できる場合がありますが、空室リスクや資産価値の下落リスクが都心より高くなります。ご自身の投資戦略やリスク許容度に合わせて選択することが重要です。
A5: 最も重要なのは、ご自身の資産状況と「誰にどのように財産を遺したいか」という意思を明確にし、それを家族に伝えておくことです。その上で、遺言書の作成、生前贈与の活用、家族信託の組成、生命保険の活用など、法的に有効な形で準備を進めることが、円満な資産承継につながります。