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富裕層のための不動産投資における減価償却費の仕組みと計算方法

作成者: 稲澤大輔|2025/05/07 1:00:00 Z

不動産投資は富裕層の資産運用において重要な選択肢の一つです。中でも減価償却費は、賃貸経営のキャッシュフローや税負担に大きく影響する重要な要素です。減価償却の正しい理解と活用は、長期的な資産形成を持続可能にする鍵となります。

減価償却費とは何か、なぜ重要なのか

減価償却費とは、建物や設備といった時間とともに価値が減少していく資産(減価償却資産)の取得費用を、法定耐用年数にわたって分割し経費計上する費用のことです。不動産の土地は時間経過で価値が減らないため減価償却の対象になりませんが、建物は経年劣化するため、その購入費用を少しずつ費用化していきます。この仕組みにより、建物取得にかかった多額の支出を購入年に一度に計上するのではなく、各年に分散して計上できます。

減価償却費が重要な理由は主に二つあります。第一に、減価償却費は現金支出を伴わない経費であり、毎年の不動産所得(賃料収入から経費を差し引いた利益)を圧縮する効果があります。例えば、賃貸物件の収入から減価償却費を経費として差し引けば、その分だけ課税所得が減少し、結果的に所得税や住民税の負担が軽減されます。第二に、減価償却費を通じて建物の価値減少を会計上・税務上表現することで、帳簿上の資産価値を適正に把握できます。適切に減価償却を行うことは、財務諸表の信頼性を保ち、長期的な資産管理にも役立ちます。

富裕層の投資家にとって、減価償却費の活用は不動産投資の要素として特に重要視されています。高額所得者ほど税率が高く(所得税・住民税の合計は最大55%に及ぶ)、減価償却による所得圧縮効果が大きいためです。同時に、長期的な視点から資産価値の目減りを織り込んだ経営計画を立てる上でも、減価償却の知識は欠かせません。

減価償却の法的・税務的な位置づけ

日本の税法上、減価償却は法定の必要経費として位置づけられています。不動産の賃貸収入がある場合、原則としてその建物は減価償却によって毎年費用計上しなければなりません。取得した年に全額を費用計上することは認められず、法律で定められた耐用年数に応じて減価償却費として各年に按分します。減価償却費は不動産所得や事業所得の必要経費として所得税法上認められており、適切に計上することで賃貸経営上の課税所得を減らすことができます。

法人税・所得税法の規定により、減価償却の方法や耐用年数は細かく定められています。法定耐用年数は資産の種類や構造ごとに政令で規定されており、例えば建物附属設備(エレベーター等)や構築物(塀や舗装等)も各々耐用年数が設定されています。また、減価償却方法についても税法上は定額法定率法の二種類が認められてきました。個人の不動産所得では特に届け出をしない限り法定の方法(原則定額法)が適用されます。

過去の税制改正により、現在では建物については減価償却方法が定額法のみとされています。具体的には、1998年以降に取得した建物は定率法の適用が認められず、2016年以降に取得した建物附属設備や構築物も定率法が廃止され定額法に一本化されました。したがって現在、賃貸用建物の減価償却は毎年同じ金額を費用計上していく定額法によることになります。この法的整理により減価償却費の計上は簡便になりましたが、投資初期に多額の償却を行う手法(定率法)は使えなくなった点に留意が必要です。

税務上、減価償却費は不動産所得の赤字を生み出すことで他の所得と損益通算する効果も持ちます。青色申告を適切に行い不動産所得の赤字が生じれば、その損失を給与所得など他の所得から差し引くことが可能です。高額所得者である富裕層ほどこの損益通算のメリットは大きく、減価償却を活用した節税スキームが広く知られています。ただし、税制改正には注意が必要で、例えば2020年度の改正では海外不動産を利用した減価償却損の通算が制限されるなど、行き過ぎた税金対策にはメスが入っています。税務の位置づけとして減価償却はあくまで認められた制度ではありますが、その範囲内で誠実に活用することが求められます。

建物の構造・法定耐用年数による償却方法の違い(定額法・定率法)

減価償却を語る上で、法定耐用年数償却方法(定額法・定率法)は重要なキーワードです。法定耐用年数とは、その資産が税務上経済的価値を持つと見なされる年数のことで、建物の場合は構造や用途によって異なります。例えば、主な住宅用建物の耐用年数は次のように定められています:

  • 木造住宅(軽量鉄骨含む): 22年(※木造モルタル造もほぼ同程度)

  • 重量鉄骨造住宅: 34年

  • 鉄筋コンクリート造住宅(RC造): 47年

同じ建物でも、用途が事務所や店舗など商業用であれば住宅用より耐用年数がやや長く設定される場合があります(鉄筋コンクリート造の事務所用は50年等)。耐用年数が長いほど毎年の減価償却費は少なくなり、短いほど毎年の償却費が多くなります。

償却方法には定額法定率法があります。定額法は耐用年数で均等に割った額を毎年償却する方法で、各年の減価償却費が一定です。一方、定率法は取得残高に一定率を乗じて償却する方法で、初年度に最も多く、年を追うごとに減価償却費が減少していく仕組みです。それぞれメリット・デメリットがありますが、前述の通り現在の税法では建物については定額法のみが適用されます。したがって賃貸不動産のオーナーは、購入した建物の耐用年数に応じて、毎年同額の減価償却費を計上していくことになります。

なお、耐用年数は新築時の年数であり、中古物件を取得した場合には耐用年数の見直し(残存耐用年数の算定)を行います。購入した建物がまだ耐用年数の残り期間内であれば「残存年数 = 耐用年数 − 経過年数 + 経過年数の20%」という計算式で新たな償却期間を算出します。一方、すでに耐用年数を超過している中古物件の場合は、「耐用年数 = 本来の耐用年数 × 20%」とする簡便法が認められており、耐用年数が経過した古い物件でも一定の年数(最低2年)で減価償却が可能です。例えば築30年の木造アパート(新築時耐用年数22年)ならば、耐用年数超過物件に該当するため新オーナーの耐用年数は約4年(22年×0.2=4.4年→切り上げて5年など)となります。このように中古か新築か、構造が何かによって減価償却のスケジュールは大きく異なります。

取得費からの按分計算(建物・土地の割合の計算方法)

不動産を購入する際には、土地と建物を一括した価格で取引されることが一般的です。しかし減価償却できるのは建物部分のみであり、土地は償却対象外です。そのため、購入時には総額のうち建物価格と土地価格を按分して算出する必要があります。適正な按分計算を行うことで、後々の減価償却費計上や譲渡所得計算で問題を避けることができます。

按分計算の基本は「土地と建物の合理的な時価割合に応じて配分する」ことです。具体的な方法としては次のようなものがあります:

  • 売買契約書に内訳が明記されている場合: 契約書に土地と建物の金額が別々に記載されていれば、基本的にはその金額をそれぞれ取得費とします。売主・買主間で合意した内訳が明確であれば税務上も尊重されます。

  • 内訳が明記されていない場合: 公的な評価額等を用いて按分します。代表的なのが固定資産税評価額相続税路線価評価です。市町村から通知される固定資産税評価額には土地評価額と建物評価額が記載されていますので、その比率をもとに総額を按分する方法が一般的です。「固定資産税評価額に基づく按分」は合理的かつ客観性が高いため、多くの投資家が採用しています。例えば総額1億円の物件で、固定資産税評価額が土地6,000万円・建物4,000万円であれば、評価額比率6:4に従い、購入金額1億円も6:4に分解して土地6,000万円・建物4,000万円とします。

  • 不動産鑑定評価を利用: より厳密を期すなら、不動産鑑定士に鑑定評価を依頼し、土地・建物それぞれの時価を算出してもらう方法もあります。ただし鑑定費用がかかるため、通常は上記固定資産税評価などで十分でしょう。

区分マンション(マンションの一室を購入する場合)でも同様に按分計算が必要です。区分所有の場合、自分の専有部分に対応する建物評価額と土地(敷地権)評価額を把握し、建物部分だけを減価償却資産の取得価額とします。管理組合から交付される固定資産税の課税明細で専有部分の土地・家屋課税標準額が確認できるため、それを参考に按分するケースが多く見られます。

取得費の按分を正しく行うことで、減価償却費の計算基礎となる建物の取得価額が明確になります。この建物取得価額に、後述する償却率(耐用年数から算定)を乗じて年間の減価償却費を求めることになります。

実例で見る減価償却費の具体的な計算

実際の数字を用いて、減価償却費の計算方法を見てみましょう。ここでは富裕層の個人投資家が典型的な賃貸用不動産を購入・保有したケースを想定します。

ケース:築10年の木造アパート一棟を購入

  • 購入総額:1億円(うち土地4,000万円・建物6,000万円と仮定)

  • 建物構造:木造(法定耐用年数22年)

  • 建物の築年数:10年(耐用年数の一部を経過)

  • 償却方法:定額法(現行制度では建物は定額法のみ)

1. 建物の残存耐用年数を求める
新築時の耐用年数22年のうち10年が経過しています。この物件はまだ耐用年数を残している中古資産なので、残存耐用年数を以下の式で計算します。
残存耐用年数=(22年−10年)+(10年×0.2)
=12年+2年=14年
したがって、新オーナーである購入者は14年で減価償却を行うことになります(端数年は切り捨て計算)。

2. 建物の年間減価償却費を求める
建物取得価額6,000万円を先ほど算出した耐用年数14年で定額償却します。計算式はシンプルで、
年間減価償却費=建物取得価額÷償却年数
=6,000万円÷14年=428.6万円(概算)= 6,000万円 ÷ 14年 = 428.6万円(概算)
となります。年間約429万円を毎年経費計上できるイメージです。なお、税務計算上は償却率という係数(14年に対応する定額法償却率は約0.0714)を用いて計算します。

上記は概算例ですが、同様に他のケースでも計算手順は共通です。例えば築15年の鉄筋コンクリート造マンション(耐用年数47年、総額3億円、土地1.5億・建物1.5億の場合)を購入したケースでは、残存耐用年数は(47−15)+(15×0.2)=35年(47−15) + (15×0.2) = 35年となり、建物1.5億円を35年で割って年間約428.6万円の減価償却費となります。このように、建物価額÷耐用年数=年間減価償却費という基本式で算出できる点を押さえておきましょう。

実際の減価償却費計上にあたっては、購入初年度は月割計算(事業供用した月から年末まで按分)や耐用年数経過に伴う微調整がありますが、基本的な考え方は上記の通りです。また、一部のケースでは建物附属設備を建物本体と分けて個別に償却計算することもありますが、個人投資家の不動産所得計算では通常まとめて建物として償却して差し支えありません。

減価償却の節税効果と活用法、その注意点

節税効果: 減価償却費を計上する最大のメリットは、所得税・住民税の圧縮による節税効果です。富裕層であれば高い税率区分に該当するため、減価償却による経費計上で所得を圧縮すれば、節税インパクトは非常に大きくなります。で述べられているように、年収4,000万円超の方は所得税率45%(住民税合わせて最大55%)にもなりますが、減価償却を活用すればその高負担を合法的に軽減できます。具体的には、不動産所得を減価償却費で赤字にできれば、その赤字と他の黒字所得を損益通算して全体の課税所得を引き下げ、結果的に支払う税額を減らせます。

富裕層にとって典型的な減価償却の活用法は、「耐用年数の短い中古物件を活用した節税スキーム」です。例えば法定耐用年数を過ぎた木造アパートや海外不動産など、短期で大きな減価償却費を計上できる物件を購入し、数年間で集中的に減価償却費による損失を出す手法です。これにより高額所得を圧縮し、節税効果を享受します。実際、あるシミュレーションでは、耐用年数オーバーの中古アパート(総額1億円)を用いて4年間で毎年約300万円の減価償却費を計上し、トータルで1,200万円の所得圧縮(節税)を実現したケースが報告されています。このようなスキームは、短期間で減価償却が終わるため物件売却も視野に入れた計画と組み合わせることで、節税と投資回収を図ることが可能です。

注意点: 減価償却を活用した節税には魅力がある一方、注意すべき点も多々あります。まず、税法や制度の変更リスクです。近年では海外不動産を使った減価償却節税が封じられたり、富裕層に人気だったタワーマンション節税(高額マンションを相続税評価引き下げ目的で購入する手法)への規制強化など、過度な節税策には規制の網がかかる傾向があります。節税スキームが今後も永続する保証はなく、税制改正情報には常にアンテナを張る必要があります。

次に、減価償却費はあくまで帳簿上の費用である点を理解しましょう。減価償却によって手元資金が直接減るわけではありませんが、物件の実態として建物は経年劣化し修繕費用など将来的な支出が発生します。減価償却計上で節税した分は、将来の大規模修繕や建て替えに備えて資金確保しておくことが望ましいです。帳簿上は価値ゼロに近づいても実物は存在し続けるため、メンテナンスを怠れば資産価値の下落や入居者満足度の低下を招きます。節税に気を取られて物件の維持管理を軽視することは避けねばなりません。

また、売却時の税負担も念頭に置きましょう。減価償却を行うと、その分だけ帳簿上の建物価値(簿価)は下がります。いざ物件を売却する際の譲渡所得計算では、購入時の取得費から累計減価償却費が差し引かれるため、売却益が大きく計上される可能性があります。その結果、譲渡所得税(長期譲渡の場合20%程度)の負担が発生し、「節税で得したはずが売却時に税金で戻ってくる」という事態も起こりえます。しかしこの点については、多くの場合心配しすぎです。なぜなら、減価償却で得られる節税は高い所得税率での節税であるのに対し、売却時の税率は長期譲渡なら20%程度と低いため、税率差で最終的に得をするケースが多いからです。例えば所得税・住民税で合計43%の税率区分の方が減価償却によって毎年節税し、後に物件売却益に20%の税を払った場合、差し引き23%分は純減税になります。要は「減価償却による節税額 > 売却時の増税額」となることが多く、これを税の繰延べかつ税率差による恒久的節税と捉えることができます。ただし、物件価格の下落や売却タイミング次第では期待通りにならないリスクもあるため、過度に楽観視せずシミュレーションしておくことが大切です。

富裕層が陥りがちな誤解やリスク

資産規模の大きい富裕層投資家ほど減価償却を巧みに活用しますが、その一方でいくつかの誤解やリスクに陥るケースも見られます。ここでは代表的な例を挙げます。

  • 「減価償却さえすれば不動産投資で損しない」という誤解: 減価償却費による節税効果ばかりに目が行き、物件そのものの収益性やリスクを軽視してしまうことがあります。確かに減価償却で一時的に手取りが増えても、物件の空室リスクやローン返済負担、将来の売却価格下落リスクは依然存在します。税金は減らせても投資全体で損失が出ては本末転倒です。減価償却は「損をしない魔法」ではなく、トータルリターンを高める一手段に過ぎない点を認識しましょう。

  • 過度なレバレッジによるキャッシュフロー悪化: 節税メリットを得ようと高額物件をフルローンで購入し、家賃収入より支出(ローン・経費)の方が大きくなってしまうケースです。減価償却で帳簿上は赤字でも手元現金の流出も大きければ、結局持ち出しが発生します。富裕層ゆえ融資を受けやすい反面、借入のしすぎでキャッシュフローが回らなくなるリスクには注意が必要です。

  • 税制変更リスクの見落とし: 先述の通り税法改正により節税スキームが封じられることがあります。特に海外不動産減価償却やタワマン節税など話題になった手法ほど規制の対象になりやすい傾向があります。最新の税制動向を把握せずに従来の延長で投資判断をすると、期待した節税効果が得られなくなるリスクがあります。信頼できる税理士等と連携しつつ、情報収集を怠らないことが肝要です。

  • 専門家に相談せず自己判断で複雑な節税を行うリスク: 富裕層の中には自身で多くを学び高度な節税策を講じる方もいますが、減価償却に絡む税務は複雑です。例えば減価償却費の計上漏れや耐用年数の誤適用、あるいは法人スキームを併用する場合の損益通算制限など、細かな論点があります。自己判断で進めず税理士や不動産の専門家に必ず相談し、適法かつ効果的なスキームかチェックすることが安全策と言えます。

  • 人への投資を忘れてしまう: 減価償却とは直接関係ありませんが、富裕層が不動産運用を行う上で陥りがちな落とし穴として、数値ばかりに注目して「人財」への目配りを欠くことも挙げられます。賃貸経営において物件を運営し価値を生み出すのは最終的には人です。信頼できる人財(優秀な管理会社やスタッフ)への投資を怠ると、長期的には経営品質の低下を招きます。減価償却など数字の話に強い関心を払う富裕層こそ、人への投資バランスも見失わないよう注意が必要です。

以上のような誤解やリスクに注意することで、減価償却費を正しく位置づけた堅実な不動産投資が実現できます。特に富裕層の場合、影響額も大きいため、一つひとつの判断を誠実に行う姿勢が求められます。

節税だけに依存しない投資判断の重要性

最後に強調しておきたいのは、節税効果だけに依存しない投資判断の重要性です。減価償却による節税は魅力的ですが、それ自体が投資の目的になってしまっては本末転倒です。短期的な利得だけでなく長期的な持続可能性や社会的価値を重視する姿勢です。富裕層の皆様ほど、この誠実な視点で投資を捉えることが求められます。

具体的には、物件の収益力や将来性、地域への貢献度、そして人財(人材を財産と捉える考え方)への波及効果など、総合的な観点で不動産投資を評価することが大切です。減価償却の節税メリットはその評価項目の一つに過ぎません。たとえ減価償却による節税効果が薄れても、物件自体の価値向上や安定したキャッシュフロー、人との良好な関係構築によって十分にリターンを得られる投資であれば、長期的に見て成功すると言えるでしょう。

逆に、節税ありきで採算性の低い物件を選べば、税金は減っても元本が目減りするリスクが高まります。私たちが目指すべきは、税負担を最適化しつつ資産価値を守り育てる持続可能な資産運用です。そのためにも、「減価償却でいくら得するか」だけではなく「この投資は将来の自分や家族、社会にどんな価値をもたらすか」という問いを常に念頭に置いてください。節税はあくまで手段であり、最終目的ではないのです。数字の裏にある本質を見抜き、誠実な判断を積み重ねることが富裕層投資家の責務と言えるでしょう。

本記事の内容は一般的な情報提供を目的としたものであり、具体的な税務判断については必ず税理士など専門家にご相談ください。