INA online

一棟収益物件の“売り時”を見極める:超富裕層投資家の視点

作成者: 稲澤大輔|2025/05/07 1:07:28 Z

一棟ものの収益物件(ビル・マンション等)の売却タイミングは、超富裕層の資産家にとって重要な戦略課題です。私もこれまで多くの超富裕層投資家の方々と不動産ポートフォリオ戦略を検討してきましたが、「いつ売却すべきか」という問いに正解は一つではありません。市場の状況や金利動向、税制、資産全体のバランスなど複合的な要因を見極める必要があります。この記事では、現在の日本および主要都市(東京・大阪・横浜)の収益物件市場動向を踏まえ、超富裕層向けに売却の適切なタイミングについて考察します。また、高値で売却するための具体的戦略や、売却と長期保有それぞれのメリット・デメリットについても、解説します。

1. 現在の一棟収益物件市場動向(日本・東京・大阪・横浜)

まずは足元の市場環境を把握しましょう。日本の不動産投資市場は近年、歴史的な低金利を背景に旺盛な投資マネーが流入し、主要都市のキャップレート(期待利回り)は過去最低水準まで低下しています。キャップレートが低下するということは、不動産価格が上昇し、高値圏にあることを意味します。実際、東京都心のAクラスオフィス(丸の内・大手町)の期待利回りは現在約3.2%で横ばいが続いており、賃貸住宅(一棟マンション)も東京城南エリアで3.8%と史上最低水準が続いています。大阪でも大型オフィスで3.4%、賃貸住宅で3.8%程度、横浜の住宅も3.9%前後と、いずれも非常に低い利回り水準です。このように東京・大阪・横浜といった主要都市では、収益物件の利回り低下=高値傾向がここ数年続いてきました。

もっとも、市場全体を細かく見ると資産種別によって温度差もあります。たとえばオフィス市況では、東京中心部の賃料がコロナ後に持ち直し投資家の意欲も高まる一方で、日銀の金融政策転換(利上げ観測)が意識され始めたこともあり、直近では「利回り横ばい」で安定しています。一方、都市型の商業不動産やホテルなどは需要回復によりさらに利回りが低下し価格上昇が続く傾向が見られます。住宅系(一棟マンションなど)は依然として投資人気が高く、主要都市の期待利回りは1年半以上にわたり史上最低水準を更新または維持しており、2024年になっても賃料上昇と相まって価格が緩やかに上昇し続けています。

需給バランスにも留意が必要です。投資マネーの流入で買い手需要は強いものの、供給面では都市ごとに事情があります。例えば横浜市では「みなとみらい21」等で大規模なオフィス開発が進行しており、2023年に約3.1万坪の新規供給が見込まれるなど供給増の局面です。大阪市も2023年は過去最大の約8.7万坪のオフィス供給が予定されており、これらの地域では一時的に空室率上昇や賃料の緩やかな下落が予想されています(横浜で今後数年で賃料▲14%程度の調整見通し、大阪でも2019年水準への小幅調整)。しかし賃料下落は緩やかで、2010年代後半の水準に留まるとの予測から、大幅な需給悪化には至らない見込みです。これは、都市部への人口流入や企業進出による需要が底堅いことを示唆しています。実際、東京・大阪は国内外の投資家にとって依然魅力的な投資先であり、大阪は海外投資家からの関心も高く、2025年の万博開催による景気期待も相まって注目度が増しています。

以上を総合すると、現在の一棟収益物件市場は「売り手市場」寄りと言えるでしょう。主要エリアの物件価格は高水準で推移し、需要も強いため、売却には追い風の環境です。特に優良立地・高グレードの物件ほどこの傾向が顕著で、実際に2023年末まで不動産価格指数(J-REIT取引ベース)はオフィスでも上昇が続きました(住宅は2024年も上昇継続)。ただし、2024年半ば以降にはオフィスを中心に一部で価格が緩やかに下落に転じた兆しも見られます。これは後述する金利環境の変化が影響しつつある可能性もあります。超富裕層の皆様は、こうした市場の転換点を見極めながら最適な売却タイミングを計画する必要があります。

2. 売却タイミングを決定づける主な要因

一棟収益物件の売却タイミングを図る上で、考慮すべき代表的な要因を整理します。金利動向、税制変更、資産ポートフォリオのバランス調整などが主なトリガーとなり得ます。それぞれ見ていきましょう。

  • 金利動向と市場サイクル: 不動産市況は金利と密接に連動します。現在まで日本は超低金利が続き不動産利回り低下(価格上昇)を支えてきましたが、2024年に日銀がマイナス金利解除・YCC撤廃を決定したことで、今後は金利上昇局面に入る可能性があります。金利が上がれば投資家の要求利回り(キャップレート)も上昇圧力がかかり、不動産価格は下落方向に転じます。つまり、金利上昇前のいまの高値水準で売却できるかどうかは極めて重要です。具体例を挙げれば、年間賃料収入1,000万円の物件で期待利回りが4%から5%に上昇すれば、理論価格は2.5億円から2億円へと20%下落する計算になります。これほど極端でなくとも、金利上昇局面では徐々に売却価格に下押し圧力がかかるのは避けられません。したがって、「今後金利が上がる」と読むなら、その前に売却しておくのがひとつのセオリーとなります。また、金利動向以外にも、景気循環や不動産市場サイクルも考慮しましょう。不動産価格は長期的には波がありますので、直近数年で大きく値上がりしている局面では利益確定の好機と捉えることができます。特にインフレ率や地価上昇率がピークアウトしてきた兆しがある場合、タイミングを逸しないことが重要です。

  • 税制面での節目: 不動産売却益にかかる税金やその他の税制改正も、タイミング判断に影響します。まず売却益に対する譲渡所得税率ですが、個人の場合は物件を5年以上保有して売却すると長期譲渡所得扱いとなり税率約20%で済む一方、5年以内だと約39%にもなります。この「5年ルール」は非常に大きな差ですので、購入後間もない物件の場合は少なくとも5年超(厳密にはその年の1月1日で5年超)保有してから売る方が有利になります。超富裕層の方々は法人名義で資産保有されるケースも多いですが、個人名義の場合はまずこの税率の節目を押さえておきましょう。

    加えて、直近の税制改正情報にもアンテナを張る必要があります。不動産に関する税制(例:固定資産税評価の見直し、相続税・贈与税の改正など)は政府から発表されます。例えば相続税の基礎控除や評価方法の変更が予定されている場合、それによって生前に売却しておく方が有利になるか、不利になるかといった判断材料が生じます。2024~2025年にかけては、政府が資産移転を促す税制優遇策を打ち出す動きもあり、一部では生前贈与の非課税枠拡大などが検討されています(※具体的な改正動向は都度専門家に確認してください)。こうした税制の変化によって、“売り時”は早まることも遅らせることもあり得るのです。例えば、今後数年間で不動産売却益への課税が重くなる見通しがあるなら、その前に売っておくのも一策ですし、逆に何らかの優遇措置が出るならそれを待つ価値もあります。

  • 資産ポートフォリオのリバランス: 超富裕層の方ほど、不動産はポートフォリオの一部に過ぎず、他の資産(株式、事業投資、美術品等)とのバランスや資金需要も売却判断に直結します。例えば、資産全体に占める不動産割合が高くなりすぎた場合に、一部物件を売却して現金や他の資産クラスに振り向けることがあります。市場好調期に不動産比率が膨らんだなら、それはまさに資産再配分の好機かもしれません。反対に、他に魅力的な投資案件や事業拡大の機会があり資金を捻出したい場合も、不動産売却が選択肢に上がります。また、ライフステージの変化も考慮すべきです。例えば「子供が独立した」「事業を承継した」「親から大きな不動産を相続した」といった節目で、不動産の持ち方を見直す方は少なくありません。実際、親から受け継いだ物件が管理の負担になっている場合などに売却を検討するケースも多く見受けられます。超富裕層の場合、ご自身やご家族の資産承継計画(エステートプラン)も念頭に、「いつ・何を手放し、何を次世代に残すか」を総合的に判断されるでしょう。その中で、今売却すべき資産か否かを見極めることになります。

以上のような要因を総合して考えると、「いつ売るべきか?」に対する答えは個々の状況と市場環境次第です。ただ共通して言えるのは、金利上昇局面では利回り上昇→価格下落リスクが高まるため基本的には早めの売却検討が望ましく、一方で税務上不利なタイミングは極力避けるべき、ということです。そして何より、「売りたい時が売り時」ではなく「売れる時が売り時」という格言があるように、市場が受け入れてくれる好機を逃さないことが肝要です。現在のように買い手需要が強く価格水準が高い状況は永遠には続きませんので、上述の要因を踏まえて計画的に出口戦略を描いておくことを強くお勧めします。

3. 高値売却を実現するための効果的戦略

売却すると決めた際に、いかに高く・スムーズに売却するかも超富裕層の投資家にとって重要なポイントです。通常の不動産取引とは異なるアプローチが有効な場合もあります。ここでは、私が超富裕層クライアントの物件売却を支援する中で有効だと感じる3つの戦略を紹介します。

  • オフマーケット取引(非公開売却): 超富裕層物件の場合、あえて市場に公に出さずに水面下で売却先を探す「オフマーケット取引」が有効になるケースが多々あります。非公開で売却するメリットは、第一にプライバシーの確保です。物件をオープンマーケットに出すとどうしても世間に売却の事実が知られたり、不特定多数に資産内容を晒すことになりますが、オフマーケットならそれを避けられます。実際、「近隣に経済状況を詮索されたくない」「自分の資産価値を公にしたくない」といった理由で売主が物件情報の公開を望まないケースは珍しくありません。超富裕層の方ほどこうした慎重さを持たれるものです。また、オフマーケットでは限定された信頼筋の買主候補にだけ情報提供するため、興味のある相手との真剣な交渉に集中できます。広く広告を出して不特定多数の問い合わせに対応する手間も省け、情報管理もしやすい利点があります。加えて、希少性の高い優良物件の場合、市場に出回らないことで「特別感」が生まれ、結果的に良い条件を引き出せることもあります。私の経験でも、家族ぐるみのお付き合いのある資産家同士で直接売買がまとまり、一般に公表するより高い価格で円滑に決済できたケースがありました。もちろん買主側から見れば選択肢が限られるデメリットもありますが、本当にその物件を必要とする適切な相手さえ見つかれば、非公開ゆえの信頼感と迅速なクロージングが実現します。オフマーケット取引を成功させるには、信頼できる仲介会社・アドバイザーに富裕層ネットワークを駆使したマッチングを依頼することが鍵となります。

  • 富裕層ネットワークの活用: 上記とも関連しますが、超富裕層物件の売買では「人脈」がものを言います。一般市場とは桁違いの価格帯になるため、真に検討できる買手は限られています。そこで効いてくるのが、富裕層同士のネットワークです。信頼できる投資家仲間やプライベートバンカー、ファミリーオフィス経由で水面下で購入ニーズを探ることで、思わぬ好条件の引合いが得られることもあります。また、不動産ディベロッパーや機関投資家と個人的なパイプがあれば、それも大いに活用すべきです。例えば「○○エリアで優良な収益ビルが出れば買いたい」というオファーを常に持っている投資家は存在します。そのような潜在需要とマッチング**できれば、公式に市場に出す前に売却先を決められる可能性があります。富裕層ネットワークを活用する際のポイントは、情報伝達者となる人物への信頼と秘密保持です。ビジネス上の付き合いだけでなく人格的にも信頼できるプロフェッショナル(不動産仲介会社のエグゼクティブや金融機関のウェルスマネジャー等)に、自分の売却意向と条件を託し、適切な相手にだけ声を掛けてもらうのです。こうすることで、噂が先行して市場に悪影響を与えるリスクも抑えられます。超富裕層ならではのクローズドな世界がありますので、それを最大限活用することが高値売却への近道となります。

  • 法人・機関投資家へのアプローチ: 超富裕層クラスの大型物件になると、買い手候補には個人投資家だけでなく不動産会社やREITなど法人勢も入ってきます。むしろ数十億円規模以上の案件では、J-REITや私募ファンド、事業会社の不動産部署が強力な買い手となり得ます。そのため、初めから法人向けに売却スキームを設計する戦略も有効です。具体的には、物件を保有する目的会社(SPC)ごと株式譲渡する形で売却する方法があります。こうすれば買主側は不動産取得税や登録免許税の負担を抑えられる可能性があり、税コスト分を価格に上乗せできる余地が生まれます。また、法人はデューデリジェンスを重視しますから、プロが評価しやすいよう物件の収支データや法規制チェックを事前に整備しておくことも大切です。幸い、日本のREIT市場は物件取得意欲が旺盛で、例えば2023年のJ-REITによる物件取得額は大阪府で1,308億円(前年比+1%)と高水準を維持しています。その中には大阪都心の大型オフィスや郊外の物流施設など複数の取得事例が確認されており、機関投資家が積極的に動いていることが分かります。神奈川県(主に横浜周辺)でも取得額は968億円に上り、大型ビルや物流施設が取引されています。このように法人勢の需要は底堅く存在しますので、自社ビルや一棟マンションを売る際には彼らを念頭に入れておくべきです。具体的戦術としては、信頼できる大手仲介会社に依頼し、国内外の機関投資家リストに当たってもらう、あるいはノンディスローズ契約の上でREIT運用会社に打診する、といった動きになります。オフマーケットと併用する形にはなりますが、最終的に一般個人よりも高い価格を提示できるのは法人買い手というケースも多々あります。特に昨今は海外マネーも日本の不動産を狙っていますから、英語で資料を用意し海外ファンドに提示するといった発想も必要でしょう。要は、確実に買える体力のある相手にアプローチすることが、高値かつ着実な売却成功への近道となります。

以上、オフマーケット取引の活用、富裕層ネットワークの駆使、法人買い手への戦略的アプローチという3点を述べましたが、共通して言えるのは「水面下でどれだけ良質な買い手候補を確保できるか」**ということです。超富裕層物件の売却では、一般的な広告戦略だけでなく、このようなクローズドマーケットでの動きが収益を大きく左右します。信頼できる不動産アドバイザーと二人三脚で、最適な売却スキームを組み立ててください。

4. 売却 vs 長期保有:メリット・デメリット比較

最後に、いま売却する場合引き続き長期保有する場合のメリット・デメリットを整理し、意思決定の参考にしましょう。超富裕層の資産家にとって、一棟収益物件を手放すか持ち続けるかは単なる収益計算だけでなく相続や税務戦略にも関わる重要な判断です。それぞれの選択肢について主なポイントを比較します。

▷ 今売却するメリット

  • 史上高水準の価格で利益確定できる: 前述の通り現在の市場は利回り低下による高値圏です。特に都心部優良物件であれば、これまでに十分な含み益が生じているケースが多いでしょう。売却によってキャピタルゲインを実現し、利益を確定できることは最大のメリットです。将来金利上昇や景気後退で価格下落リスクを抱えるより、今のうちに現金化しておけばリスクヘッジになります。実際、近年の価格上昇局面で売却に踏み切り、大きな利益を確保された投資家も数多くいらっしゃいます。

  • 資産の流動性確保と再投資の柔軟性: 売却して現金化すれば、他の投資機会を素早く捉えることができます。超富裕層の方ほど有望な事業投資や国際分散投資など機会損失を避けたいニーズがありますから、不動産に固定されていた資金を解放することでポートフォリオ全体の機動性が高まる利点があります。例えば、直近で株式市場や他の資産クラスに魅力的な調整局面が訪れた際、手元資金があれば大胆に動けますし、不測の事態で多額の資金が必要になった場合も迅速に対応できます。

  • 管理負担や追加投資リスクの回避: 物件を所有し続ける限り、オーナーとしての管理責任や維持コストは付きまといます。築年が浅いうちは良いですが、いずれ大規模修繕やテナント入替対応などまとまった支出・手間が発生します。例えばRC造マンションなら15年ごとに数千万円規模の修繕が必要とも言われます。売却すればそうした将来的なコスト負担を買主に引き継いでもらえるわけです。また、築年数が経過すると賃料下落や空室リスクも高まりますし、金融機関から見た融資評価も下がります(築17年を超えると借入期間が短縮される等)。建物の経年劣化によるリスクが本格化する前に売却してしまうことは、資産価値を高く保つ上で理にかなっています。特にご高齢のオーナーの場合、物件管理を次世代に託すより現金等で引き継ぐ方がシンプルになるケースも多いでしょう。その意味で、売却は将来の煩わしさを取り除き、身軽になる選択とも言えます。

  • 税務・相続対策の明確化: 資産を現金化することで、税務上の扱いが一旦クリアになります。売却益に対して譲渡税を支払えば、それ以降その物件に関する課税関係(固定資産税や所得税など)は無くなります。特に複雑な減価償却計算や、複数物件の損益通算などを整理できる点は大きいです。また、相続対策として見ると、不動産は相続時に評価減の特例(貸家建付地評価減等)があるメリットがある一方で、分割や納税資金確保の難しさというデメリットもあります。現金であれば分割しやすく納税にも充てやすいので、あえて生前に売却して資産をシンプルな形にしておくことが相続計画上有効な場合もあります(※相続に関しては後述の保有メリットも参照)。このように、一度売却することで税務・承継戦略を立て直すきっかけになる点は見逃せません。

以上が売却の主なメリットですが、当然ながらデメリットや失うものも存在します。例えば、売却すればもうその不動産からの家賃収入は得られません。将来さらに値上がりする可能性を手放すことにもなります。また譲渡益に対する税金支払いが発生し、売却コスト(仲介手数料等)もかかります。それでもなお、現在の高値環境に鑑みて得られるメリットが大きいかを判断することになります。

▷ 長期保有するメリット

  • 安定したインカムゲインの維持: 一棟収益物件を保有し続ければ、継続的な賃料収入(インカムゲイン)が得られます。超富裕層にとって毎月のキャッシュフローは当面必要なくとも、長期的には安定資産として機能します。不動産収入は株式配当等と異なり景気変動の影響を受けにくい面もあり、特に一等立地の優良物件は空室リスクも低く堅実な収益源です。売却してしまうとこの安定収入を放棄することになるため、「資産は現金より不動産で持っていた方が安心」というお考えであれば引き続き保有するメリットがあります。特にインフレ局面では、実物資産である不動産はインフレヘッジにもなります。賃料も物価上昇に伴い増額交渉の余地がありますし、建物の再調達コストも上がれば資産価値が目減りしにくい側面があります。現金で持つより実質価値を保全できる可能性がある点は、長期保有の大きな魅力です。

  • さらなる値上がり余地への期待: 不動産市場は周期的に上下動します。現在は高値とはいえ、将来的にさらに高くなる可能性がゼロではありません。例えば東京や大阪などは世界的に見ても割安と指摘する声もありますし、大型再開発や国際イベント(大阪万博など)が追い風となって今後一段と評価が上がるシナリオも考えられます。実際、先述のように一部の商業施設やホテルでは利回り低下が続き、コロナ前を超える評価となっている事例もあります。また、優良物件は金利上昇時でも値崩れしにくい傾向があります。立地・グレードが良ければ投資家から常に需要があり、多少利回りが上がっても価格の下落幅は限定的とのデータもあります。そのため、「この物件は将来さらに高く評価される」と信じるだけの根拠があるなら、無理に今売らず腰を据えて持ち続けるのも合理的です。不動産は長期投資とも言われます。短期的な市場ノイズに左右されず、次の上昇局面までじっくりホールドすることで真価を発揮する可能性があります。

  • 減価償却など税務メリットの享受: 保有を続けることで得られる税務上のメリットも見逃せません。建物には法定耐用年数に応じた減価償却費を毎年計上できますが、築年が浅いうちは設備も含め減価償却費が大きく、手元のキャッシュは出ていかないのに経費計上できる(節税になる)という利点があります。例えば購入直後10年間は減価償却費が年700万円計上できていた物件が、11年目からは350万円に減る、といったケースがあります。裏を返せば、減価償却期間が残っているうちは保有している方が毎年の課税所得を圧縮できるメリットがあるのです。物件を売却するとこの減価償却は使えなくなりますから、他に大きな節税策が無い場合は引き続き物件を持っていた方がトータルの税負担を軽減できる可能性があります。特に高所得者ほど不動産所得の圧縮効果は大きいので、減価償却メリットが存続している期間は保有を続ける価値が高いでしょう。さらに、物件を売却せずに保有し続ければ将来その資産を相続財産として次世代に引き継ぐことになりますが、この際にも一定の節税効果が期待できます。不動産は現金よりも相続税評価額が低く算定される場合が多く(路線価や固定資産評価額によるため、市場価格の7~8割程度になるケースが一般的)、また賃貸中であれば貸家評価減等も適用されます。言い換えれば、不動産を持っていた方が相続税評価額を圧縮できる可能性があるのです。超富裕層にとって相続税は最大55%にも達する重税ですが、評価額が抑えられることによる節税効果は無視できません。従って「資産を次世代に極力目減りなく残したい」との観点では、むやみに現金化せず不動産として保有継続する戦略が有効となり得ます。

以上が長期保有の主なメリットです。もっとも、保有継続にもリスクやデメリットはあります。最大のリスクはやはり市場変動で、金利上昇により利回りが上がれば前述のように資産価値は下がり得ますし、賃貸需要が低下すれば空室増で収入減少もあり得ます。また築古化に伴う修繕コスト、減価償却枯渇後のデッドクロス現象(帳簿上の経費減少で利益が増え税負担が増す状態)も避けられません。例えば設備の減価償却が終了すると、それまで年数百万円あった経費が無くなり同額が利益に上乗せされてしまうため、償却期間終了後は保有メリットが薄れる局面となります。こうしたタイミングでは売却を検討すべきとも言えます。さらに、相続の観点でも、不動産を残すと分割の難しさや納税資金の確保といった課題が出る点は注意が必要です。評価額は抑えられても実際の市場価値は高い資産ですから、多額の相続税を納めるために結局は相続人が物件を慌てて売却せざるを得ないケースもしばしばあります。そうなるとタイミングを自由に選べなくなり、不利な条件で売却を強いられるリスクもあります。このように、保有を続けることにもコストとリスクがある点を踏まえ、ご自身の資産戦略に照らして総合判断いただくことが重要です。

おわりに
一棟収益物件の売却タイミングについて、現在の市場動向から具体的戦略、長期保有との比較まで概観しました。結論としては、超富裕層の投資家にとって「いつ売るべきか」は千差万別であり、市場のサイクルとご自身の状況次第です。ただし共通して言えるのは、最適な売却のチャンスは永遠に続かないということです。不動産市場は生き物であり、金利や政策、経済環境によって刻一刻と変化します。だからこそ、今回述べたポイントを念頭に、常に市場をウォッチしながら計画を練っておくことが肝要です。超富裕層の方々にとって、一棟物件の売却は単なる取引ではなく資産全体の戦略の一環でしょう。その戦略を成功させるために、信頼できる専門家の助言を受けつつ、論理的かつ冷静な判断を下していただきたいと思います。私自身、皆様の良きパートナーとして、最良のタイミングと方法で資産価値を最大化できるよう誠心誠意サポートいたします。ぜひ今回の考察をヒントに、ご自身の状況でのベストな選択肢を検討してみてください。