日本が長らく続いた「金利なき世界」から「金利ある世界」へと移行し、我々の資産運用環境は大きな転換点を迎えています。2024年3月、日本銀行はマイナス金利政策の解除を決定し、その後も段階的な利上げを実施するなど、金融政策の正常化に向けた歩みを進めています。この歴史的な変化は、預金金利の上昇といった身近な影響だけでなく、株式や債券、そして不動産といった資産の価値評価にも大きな影響を及ぼします。
特に不動産投資において重要な指標である「イールドギャップ」は、金利上昇に伴い縮小傾向にあります。これは、これまで不動産投資の収益性を支えてきた「低い借入金利」という前提が崩れつつあることを意味し、従来の投資戦略が通用しなくなる可能性を示唆しています。しかし、変化はリスクであると同時に、新たな好機を生み出すものでもあります。
本記事では、私たちINA&Associates株式会社が、この「金利ある世界」の本質を解き明かし、イールドギャップ縮小時代において我々がどのように資産と向き合うべきか、具体的な「買うべき資産」と「売るべき資産」を、不動産の専門家としての視点から徹底的に解説します。変化の時代を勝ち抜くための、新たな資産防衛術を共に学んでいきましょう。
「金利ある世界」への移行を正しく理解するためには、その背景にある金融政策の転換と、不動産投資における核心的な指標であるイールドギャップの本質を把握することが不可欠です。
日本銀行は、長引くデフレからの脱却を目指し、大規模な金融緩和策を長期間にわたって維持してきました。しかし、世界的なインフレの波や国内の賃金上昇の兆しを受け、2024年についに金融政策の大きな転換を決断しました。この決定は、日本経済が新たな局面に入ったことを示す重要なシグナルです。
| 年月 | 主な決定内容 | 政策金利の動向 |
|---|---|---|
| 2024年3月 | マイナス金利政策の解除 | -0.1% → 0.0%~0.1%程度 |
| 2024年7月 | 追加利上げ | 0.0%~0.1% → 0.25%程度 |
| 2025年1月 | 再度の追加利上げ | 0.25% → 0.5%程度 |
この一連の利上げは、我々が利用する住宅ローンや事業性融資の金利に直接的な影響を与えるだけでなく、あらゆる資産の「割引率」として機能するため、その価値評価の根幹を揺るがすことになります。これが、「金利ある世界」が投資家にとって極めて重要な意味を持つ理由です。
イールドギャップとは、一言で言えば「不動産投資から得られる収益性と、資金調達コストの差」を示す指標です。計算式は非常にシンプルですが、その意味するところは深く、多くのプロ投資家が最重要視しています。
イールドギャップ = 対象物件の利回り(キャップレート) - 借入金利(長期プライムレートなど)
キャップレート(還元利回り)とは、物件の純収益(NOI: Net Operating Income)を物件価格で割ったもので、その不動産が持つ本来の収益力を示します。一方、借入金利は、金融機関から融資を受ける際のコストです。つまり、イールドギャップが大きければ大きいほど、借入金を活用して効率的に収益を上げられる(レバレッジが効く)状態にあると言えます。
これまで日本の不動産市場が世界の投資家から注目されてきた大きな理由の一つが、このイールドギャップが他国に比べて十分に確保されていた点にあります。しかし、前述の通り借入金利が上昇することで、この優位性が揺らぎ始めているのが現在の状況です。
金利の上昇は、理論上、イールドギャップを直接的に圧縮します。では、それは不動産市場にどのような影響を与えるのでしょうか。データを基にそのメカニズムを解き明かします。
以下の表は、近年の金利と不動産キャップレート、そしてイールドギャップの推移を示したものです。金利が上昇する一方で、キャップレートがほぼ横ばい、あるいは微減で推移した結果、イールドギャップが着実に縮小していることが見て取れます。
| 時期 | 長期国債利回り(A) | オフィスキャップレート(B) | イールドギャップ(B-A) |
|---|---|---|---|
| 2022年末 | 約 0.4% | 約 2.8% | 約 2.4% |
| 2023年末 | 約 0.7% | 約 2.7% | 約 2.0% |
| 2024年末 | 約 1.0% | 約 2.7% | 約 1.7% |
| 2025年10月 | 約 1.5% | 約 2.7% | 約 1.2% |
(注)数値は分かりやすさを重視した概算値です。実際の数値は各種調査機関のレポートをご参照ください。
このデータが示すのは、投資家が享受できていた「金利差による収益」が、以前よりも小さくなっているという厳然たる事実です。これは、同じ利回りの物件に投資しても、金利上昇分だけ手残りが減少することを意味します。
「金利が上がれば、不動産価格は下がる」というのが、これまでの教科書的な説明でした。しかし、現在の市場では必ずしもそうなっていません。特に都心部では、価格が高止まり、あるいは上昇を続けています。この一見矛盾した現象には、主に二つの理由があります。
第一の理由は、「賃料の上昇」です。経済の回復やインフレに伴い、オフィスの賃料や住宅の家賃が上昇傾向にあります。キャップレートの計算式(純収益 ÷ 物件価格)を思い出してください。賃料(純収益)が上昇すれば、物件価格が同じでもキャップレートは上昇します。この賃料上昇が、金利上昇によるキャップレートへの上昇圧力(=価格下落圧力)を相殺し、結果として不動産価格が維持、あるいは上昇しているのです。
第二の理由は、「海外投資家から見た日本不動産の魅力」です。欧米の主要国では、日本に先駆けて大幅な利上げが行われました。その結果、各国のイールドギャップは極端に縮小、あるいはマイナス(逆イールド)に転じている都市も少なくありません。それに比べれば、日本のイールドギャップは縮小したとはいえ、依然としてプラス圏を維持しており、相対的に魅力的な投資先として映っています。この旺盛な海外からの投資マネーが、日本の不動産価格を下支えしているのです。
ただし、この恩恵を享受できるのは、賃料上昇期待が高く、海外投資家の投資対象となるような都心部の優良物件に限られる傾向が強まっています。地方や郊外の物件では、賃料上昇が見込みにくく、金利上昇のマイナス影響を直接的に受ける可能性があり、不動産市場の二極化が今後さらに進むと我々は分析しています。
イールドギャップが縮小し、資産間の優劣が変化する「金利ある世界」においては、これまで以上に資産の選別(アセットセレクション)が重要になります。闇雲に投資するのではなく、金利上昇という環境変化への耐性を見極め、ポートフォリオを最適化していく必要があります。
まず、不動産、株式、債券といった主要な資産クラスが、金利上昇に対してどのような特性を持つかを理解することが重要です。以下のテーブルは、各資産の一般的な耐性をまとめたものです。
| 資産クラス | 金利上昇への影響(短期) | 特徴と留意点 |
|---|---|---|
| 不動産 | △~〇 | 二極化が進行。 都心優良物件は賃料上昇で相殺可能だが、地方物件は厳しい。借入比率が高いと収益を圧迫。 |
| 株式 | △ | セクターによる濃淡が明確に。 金融株には追い風。一方、高PERのグロース株は割引率上昇で売られやすい。 |
| 債券 | × | 価格と金利はシーソーの関係。 金利が上昇すると、既存の債券価格は下落する。特に長期債は影響が大きい。 |
| 現金・預金 | 〇 | 金利上昇の恩恵を直接的に受ける。ただし、インフレ率を下回る場合、実質的な価値は目減りする。 |
この特性を踏まえ、具体的にどのような資産をポートフォリオに組み入れ、また見直すべきかを解説します。
金利上昇とインフレが同時に進行する局面では、「インカム(収入)」と「インフレ耐性」がキーワードとなります。
金利上昇の影響を最も受けにくい不動産は、やはり賃料上昇期待の高い都心部の優良物件です。経済活動が活発なエリアでは、テナント需要が底堅く、賃料を上げやすい環境にあります。これにより、借入金利の上昇分を吸収し、安定したイールドギャップを維持することが可能です。また、資産価値そのものがインフレに強いという特性も持ち合わせており、守りの資産としても攻めの資産としても有効です。
株式市場においては、将来の成長期待で買われるグロース株よりも、安定した収益基盤と高い配当利回りを持つ高配当株や、事業価値に比べて株価が割安に放置されているバリュー株が優位となります。金利上昇は企業の借入コストを増加させますが、財務が健全でキャッシュフローが潤沢な企業は、その影響を乗り越えて安定した配当を出し続ける体力があります。配当は、インフレ下における貴重なインカム源となります。
債券は一般的に金利上昇に弱い資産ですが、その中でも比較的リスクを抑えられるのが変動利付債や短期債です。変動利付債は、市場金利の上昇に合わせて利率が変動するため、金利上昇局面でも収益性が改善します。また、償還までの期間が短い短期債は、金利変動による価格下落リスクが限定的です。ポートフォリオの安定性を高める上で、これらの債券を組み入れることは有効な戦略です。
一方で、金利上昇の逆風を直接的に受ける資産については、売却や比率の引き下げを検討する必要があります。
買うべき資産の裏返しとなりますが、賃料上昇が見込みにくく、空室リスクが高い地方や郊外の物件は、金利上昇の影響を直接的に受けます。借入金利が上昇する一方で、家賃を上げられなければ、イールドギャップは縮小し、最悪の場合「逆ザヤ(持ち出し)」に陥るリスクも高まります。出口戦略(売却)も難しくなる可能性があるため、市況が悪化する前にポートフォリオを見直すことが賢明です。
高い成長性を期待され、株価収益率(PER)が高くなっているグロース株は、金利上昇局面で特に厳しい評価にさらされます。これは、企業の将来の利益を現在価値に割り引いて株価を評価する際、分母となる「割引率(金利)」が上昇するためです。足元の利益が出ていない赤字のハイテク企業などは、特に注意が必要となります。
金利が低い時期に発行された長期の固定利付債は、金利上昇局面で最も大きな価格下落リスクを抱える資産の一つです。例えば、利率1%の10年債を保有している状況で、市場金利が3%に上昇した場合、新たに発行される債券に比べて魅力が薄れるため、既存の債券を売却しようとすると、価格を大幅に引き下げざるを得ません。満期まで保有すれば元本は戻りますが、それまでの機会損失と価格変動リスクは非常に大きいと言えます。
本記事では、「金利ある世界」への移行が我々の資産運用に与える影響、特にイールドギャップの縮小という現象に焦点を当てて解説しました。最後に、本日の要点を改めて整理します。
「金利ある世界」の到来は、多くの投資家にとって未知の領域であり、リスクと感じられるかもしれません。しかし、視点を変えれば、これは市場の歪みが是正され、優良な資産を適正な価格で見極める好機でもあります。過度なレバレッジに依存した投機的な手法が通用しなくなり、資産の本源的価値が問われる時代が来たのです。
このような転換期においては、信頼できる専門家の知見を活用し、ご自身の資産状況やリスク許容度に合わせた最適なポートフォリオを構築することが、これまで以上に重要となります。私たちINA&Associates株式会社は、不動産のプロフェッショナルとして、お客様一人ひとりの資産防衛と価値創造を全力でサポートいたします。ご自身の資産戦略に少しでも不安や疑問を感じたら、ぜひ一度、お気軽にご相談ください。
一概に危険とは言えません。重要なのは「物件選別」です。本記事で解説した通り、金利上昇の影響を受けにくい、賃料上昇が見込める都心部の優良物件であれば、依然として魅力的な投資対象です。一方で、安易なレバレッジに頼った地方物件への投資は、以前よりもリスクが高まっています。専門家と相談の上、慎重に物件を吟味することが成功の鍵となります。
まずは、ご自身の保有物件の収支状況と、今後の金利上昇が与える影響を正確にシミュレーションすることをお勧めします。賃料上昇の余地が乏しく、金利上昇によってキャッシュフローが悪化する可能性が高い物件であれば、市況が活況なうちに売却を検討するのも一つの戦略です。一方で、優良物件であれば、慌てて売却する必要はありません。ポートフォリオ全体を見直す良い機会と捉えましょう。
日本銀行の政策金利引き上げに伴い、住宅ローンの変動金利も緩やかに上昇していく可能性が高いと考えられます。ただし、金融機関同士の競争も激しいため、急激な上昇は考えにくい状況です。家計のキャッシュフローを確認し、金利が一定程度上昇しても返済に無理がないかを確認しておくことが重要です。不安な場合は、固定金利への借り換えも選択肢の一つとして検討しましょう。